054 ヴィオの町の困りごと

ウォーレン歴9年 陽春の月4日 早朝




 体に染みついた習慣で夜明け前に目が覚めてしまった私は、とりあえず着替えて見慣れない宿屋の部屋の中をぼんやり眺めていた。


 このあたりは宿代がそんなに高くないらしいから、節約のために2人部屋を使おうという私の提案はさっくり却下されていて、私たちはそれぞれ1人部屋に泊まっていた。


 まあ、前にフィジの町に行ったときは部屋がなくてしかたなく泊まっただけだったもんね。


 さておき、今日は祈りの日だけど、旅人って礼拝に参加してもいいものだろうか。


 ケミスの町にいたころはどうだったっけ、と考えていたら、小さく部屋の戸が叩かれた。


「はい?」


 歩いていって戸を開けると、人の好さそうなお兄さんがぺこりと頭を下げた。


「宿のものですが、礼拝に出られるのでしたらそろそろなのでお知らせに上がりました」


「あ、ありがとうございます」


 わざわざ教えてくれるなんて丁寧だな、と思ったけど、礼拝の前は鐘が鳴るはずだ。教えにこなくてもいいような気もする。


「鐘は鳴らないんですか?」


 思わず尋ねると、お兄さんは困ったような顔をした。


「それが、いつからか鐘を鳴らすと鳥の魔物が一気に押し寄せるようになりまして……。ここ数ヶ月は鳴らせていませんね」


「そんな事情があるんですか……大変ですね」


「はい……ありがとうございます」


 礼拝の鐘で町の中まで魔物が寄ってくるなんてとんでもないことだ。退治が大変だろうな、と考えながら、私は次の部屋に礼拝のお知らせに行くお兄さんを見送った。


 そのあと礼拝のしたくをして、受付のあたりでアレンさんと合流して、人の流れていく方に向かう。町のつくりは違うけど、教会の見た目は同じでなんだかほっとした。


 すみっこの席で、礼拝に参加する。献金を終えて教会から出ると、すっかり日が昇っていた。


「日の出が早くなってきたね」


「そうですネェ」


 そんな話をしながら、食堂に向かう。こっちは昨日の夜にも行ったから迷子にはならないですんだ。


 食事を注文して、トレイを持って端の方の席に座る。


「アレンさん、聞いた? 教会の鐘を鳴らすと鳥の魔物が寄ってきちゃうんだって」


 パンをちぎりながら、アレンさんはあァ、と思い出したように呟いた。


「だからお宿の方が呼びに来てくださったし鐘が鳴らなかったんですネェ」


「そうそう。大変だよね」


「そうですネェ」


 そのあとは、今日どんな依頼を受けるか相談しながら朝食が進んでいった。


「旅のこともありますしィ、あまり疲れない依頼があるといいのですがァ」


「じゃあ護衛系は避けたほうがいいかな?」


「そう思いますゥ」


 と、そんなこんなで、朝食後の私たちが選んだのは、雑木林の中に生えている野草の採集依頼だった。


 私が「魔力探知球」で魔物を警戒して、アレンさんが「鑑定モノクル」で目的の野草を探して摘み取る。


 けっこうさくさく作業が進んで、夕方には依頼された量よりちょっと多いくらいの野草が採れていた。


「そろそろ依頼主の方のところに行きまショウ」


「はーい」


 アレンさんがいつもの木箱に野草をしまって、雑木林から町に帰ろうとした、そのとき。


 りーん、ごーん。


 町とは全然違う方角から、鐘の音が、確かに聞こえた。


「……?」


 ふたりしてきょろきょろしていると、また、りーん、ごーん、と鐘の音がする。ふと「魔力探知球」を見ると、音の方向に風属性の魔物の反応がたくさんあった。


「アレンさん、これ……」


「噂の鳥の魔物でしょうかネェ」


 私は「火打石」を手に持って、ふたりで魔物がたくさんいる方向へじりじり歩く。


 りーん、ごーん。


 音はどんどん大きくなる。そして、とうとうとある木の上からその音がしているのがわかるようになった。


 見上げると、大きめの鳥の魔物が口を開けるたびに、鐘の音がする。そしてその周りには、同じ種類の小さい鳥の魔物が集まっていた。


「……これは……」


 思わずふたりで小さく声を上げてしまう。


 この鳥の魔物は、いろんな音を覚えて自慢しあうことでなわばりを決める魔物だ。


 もしかして、親の魔物が鐘の音を覚えちゃったから、鐘を鳴らすと雛の魔物がみんな寄ってくるようになったんじゃない……?




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