053 「現在地図」
ウォーレン歴9年 陽春の月3日 日中
街道を歩きながら、アレンさんは木箱を前に背負い直して、とある引き出しを引っ張り出した。中から巻いた紙のようなものを取り出す。
「アレンさん、それなに?」
「フッフッフ、新しい魔術道具ですヨォ。『現在地図』とでも名付けましょうかネェ」
アレンさんは木箱を後ろに背負い直して、紙を広げる。パッと見、普通の王国地図だ。
「『現在地図』?」
「そうですゥ、ただの地図じゃないんですヨォ」
アレンさんは地図を私のほうに見せてくる。みるみるうちに紙に書かれている地図が変化していく。
最初は王都を中心にしたよくある地図だったのに、北の方向に動いて、さらに……これはどうなってるの?
「え? え?」
「魔力を込めて街道を拡大しているのですネェ」
「ああ、なるほど?」
言われてみれば北のほう――私たちのいるニーグィ地方の地図に変わっている。
さらに拡大されていって、最後には、ケミスの町の内側まで詳しく描かれた地図と、そこから伸びる街道と、そこをちょっとずつ動くふたつの点が紙の上に現れた。
「この点が私たち?」
「そうですゥ。ちょっと拡大しすぎましたネェ」
しゅっと街道の幅が狭くなって、いい感じにケミスの町と、その先のヴィオの町が見えるくらいになる。
ふたつの点はケミスの町のすぐ近くにともっている。なるほど、ヴィオの町はまだまだ先だ。
「隣町といっても、けっこう距離あるんだなぁ……」
「でも一日しっかり歩けばちゃんと着きますからァ。安心してくださいネェ」
「経験者の言葉は違うね。頑張ります」
ところで……。
「アレンさん」
「はいィ?」
「その地図、私が使うとどうなるの?」
「…………」
アレンさんはもさもさの前髪をぎゅうっと下に引っ張った。あ、困ってる。
「ためしに一回、使ってみたいなーなんて」
ダメ押しで言ってみると、アレンさんは口をもごもごさせた。
「きっとヘンテコなことが起こりますヨォ?」
「それも面白いじゃん」
「そういうことでしたらァ……」
アレンさんは渋々といった様子で私に地図を渡してくる。
手に取ると、ぐうっと街道の幅が紙いっぱいに広がった。ぽつんとふたつの点があるけど、これじゃあ地図としては意味がなさそうだ。
「拡大……されすぎちゃった……のかな」
「そういうことですネェ」
「残念、これはアレンさん担当かぁ」
私はアレンさんに「現在地図」を返す。しゅっとさっきと同じ縮尺の地図に戻った。むむむ、なんか悔しい。
「まァ、街道を外れさえしなければ次の町に着けますからァ、地図なんていらないかもしれませんけどネェ」
「ふむふむ」
「ちなみに街道の全体図はこんな感じですヨォ」
地図の縮尺がぐんと変わって、王都が見えるようになる。それでも、私たちを表す点はともったままだ。
「えっと、町が1、2……」
その点から数えてみると、王都までの間に、町の印が7個ある。……けっこうあるんだなぁ。
「遠い道のりだなぁ」
「まァ、気長に構えていきまショウ。歩いていれば着くんですしネェ」
「はーい」
そんな話をしつつ、私たちはせっせと街道を歩く。たまに飛び出してくる魔物も、「火打石」があれば一撃だ。
陽が天頂に昇る頃、私は少し向こうになにか建物があるのに気付いた。
「アレンさん、あれ……」
「あァ、街道の休憩所ですネェ」
「どこにでもあるの?」
「街道が通っているところにはだいたいありますヨォ。整備がしっかりしているのはよいことデス」
そういえば向暑の月にフィジの町に行く依頼をしたときにも、途中に休憩所があった気がする。なるほど、ちゃんと旅をする人のことを考えてあるんだなぁ。
休憩所に着くと、ぽかぽか暖かい陽射しを遮る屋根があって、風が爽やかに通り抜けていく東屋のようなつくりになっているのがわかる。
街道を邪魔しない方向に一ヶ所だけ壁があって、開きかけの扉のレリーフが彫ってある。
「神様に旅の安全を祈るの?」
「そんな感じですネェ、休んだらひと祈りして出発しまショウ」
「はーい」
ぽつぽつ用意してある椅子に座る。私たちとは逆方向から来たのかもしれない旅人も、私たちの近くを歩いていた旅人も、ぱらぱらと座っていく。
「ん? もしかしてここって」
「ハイ、ちょうど真ん中ですネェ」
アレンさんがまた「現在地図」を見せてくれる。ほんとだ、真ん中だ。
しばらく休んで、旅慣れたふうの人たちが壁のレリーフに祈り始める。私たちも顔を見合わせて、一緒に祈りを捧げた。
とりあえずまずは、今日、無事にヴィオの町に着けますように。
そして私たちは休憩所を出る。また街道をヴィオの町目指して、南南東方向に歩き始めた。
「アレンさん、ヴィオの町に着いたら一泊置いて依頼をひとつやって、さらに一泊置いて出発するんだっけ」
「そうするといい感じに旅費が稼げますからネェ。そのつもりですヨォ」
そんな感じで今後の予定とかを話しながら歩いていたら、ほどほどに疲れた頃にヴィオの町の門が見えた。
「あ、門が見えた!」
「陽もそろそろ暮れますネェ。ちょうどいいペースですゥ」
春の夕陽が赤くなる頃になって、ようやく門にたどり着く。
門衛さんに身分証を見せて、私たちは無事、ヴィオの町に入ったのだった。
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