051 「縮小箱」
ウォーレン歴9年 萌芽の月19日 日中
今日の私はアレンさんと一緒に、私の実家に来ていた。
アレンさんと一緒に旅に出るのを報告するのと、集合住宅に置きっぱなしにできない荷物を預かってもらうお願いをするためだ。
「荷物を置いておくと家賃がかかるって?」
お母さんが紅茶をすすってから訊いてくる。私もカップを持ちながら頷いた。
「そうなの、だから全部こっちに持ってきちゃいたくて」
うーん、とお母さんは腕を組む。
「でももうエスターの使ってたあたり、半分物置みたいになってるのよねえ」
「ええ?」
弟のリッキーと一緒に使っていた部屋に私のぶんの場所があったはずなんだけど、いないうちに物置にされてしまっていたとは。ちょっと誤算かも。
「わりー、俺のせいだわ姉ちゃん」
自分だけココアを入れたカップを持ってリッキーがテーブルに寄りかかった。
私と同じ金髪のくるくるした毛を遊ばせていて、瞳はお母さん譲りの青だ。
「なにしたの、リッキー」
「いや、高等受けるのに必要な書籍とか集めたり、勉強したノート積んだりとかしてたから」
「あー……」
リッキーは私がお母さんの中に置いてきた魔法の才能を拾って生まれてきたのかというくらい器用に詠唱魔法を使う。
特にものづくり系の魔法に興味があって、高等学校に行きたいと思ってるって話を前にちょっと聞いたことがあったっけ。
これは文句を言いづらい。お姉ちゃんとして、弟の頑張りは応援したいのだ。
「となると、どうしたものかしら。あなた、倉庫のほうはどうだったかしらね?」
さっきまで同じテーブルでずっと黙って話を聞いていたお父さんが、お母さんに話を振られてゆっくり口を開く。
「春は仕事が増える。倉庫からの出し入れも増えてほこりっぽくなるからやめたほうがいい」
お父さんの仕事は修理屋さんだ。お母さんも服の修繕とかをちょこちょこやっていたりする。
たしかに、私の荷物は定期的に掃除する人がいるわけじゃないから、ほこりっぽくなるところに置いておくのは得策じゃない。
「うーん、どうしよう……」
「あのォ」
アレンさんが声を上げた。注目が集まって恥ずかしそうにしながら、言葉を続ける。
「ほんの少しも空間がないわけではないんですよネェ?」
「そうねえ、棚をひとつ置いておけるくらいは空いてるわよ」
「でしたらァ、私の魔術道具で『縮小箱』というのがございますのでェ、その中にエスターの荷物を詰めて置いておけばいいと思いますゥ」
あ、アレンさんがいつも背負ってるあれか。アレンさんはこのくらいの大きさで、と家族に説明をしている。
「大きさは小さくなっても重さが変わらないので持ち運びするには不便ですがァ、置いておくだけなら使う空間が小さくてすむのでいいと思いますヨォ」
「じゃあその箱をここに置いておいて、荷物を運んできてその中に入れるってこと?」
「そうなりますゥ」
なるほど、それなら物置みたいになっているらしい私の場所にも置いておけるだろう。
「棚とか大きいものを入れるには相応の魔力が必要なのでェ、運ぶのはご家族の皆サンに手伝っていただくとしてもォ、『縮小箱』に入れるのはエスターがやるんですヨォ」
「はーい」
私たちの会話を聞いていたお母さんがふふ、と笑った。
「なるほど、町で名コンビと噂されるだけあるわね」
「そうかな?」
「そうですかァ?」
「ほら、そこで声がそろうあたりとか」
私とアレンさんは苦笑する。お母さんは穏やかに笑っている。
「アレンさん、エスターのこと、よろしくお願いしますね」
「はいィ。精一杯お手伝いさせていただきますヨォ」
そのあとは、私が集合住宅を引き上げる日取りとかを相談して時間が過ぎていった。
夕方、そろそろ夕飯の時間というところで、私とアレンさんは退散することにした。
みんなに夕飯を食べていけばいいのに、と言われたけど、アレンさんがたぶん気まずいだろうからと断ったのだ。
アレンさんは恐縮していたけど、ちょっと安心したふうでもあった。
私とアレンさんが家の外に出ると、お父さんが一緒に外に出てきた。
「お父さん?」
お父さんはズボンのポケットをごそごそして紙幣を取り出す。
「旅支度には全然足りんだろうが、小遣いだ」
「え、いいよ」
「いいから」
ちょっと強めの力で、お小遣いをぎゅっと握らされる。そのまま、お父さんは私の目を見た。
「いいかエスター。頑張りすぎるな。しかしやれることはやれ」
少し口下手なお父さんが応援してくれているのがありありと伝わって、私はうっかり泣きそうになる。
目元をぬぐって、大きく頷く。
「うん、やれるだけやってくるよ!」
王都に行って、お医者さんを探して……。とほうもない旅だけど、お父さんのその一言だけでものすごく勇気づけられた、そんな気がした。
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