後半:王都への旅編

第五章 はじまりの春

049 出立届

ウォーレン歴9年 萌芽の月1日 日中




 雪が降る日が減って、晴れの日が増えて、徐々に雪解けが進んできた頃。


 私とアレンさんは、来月の陽春の月に王都へ出発することに決めた。


 ギルドじたいは国中にあるとはいえ、基本的に冒険者は自分の住んでいる町のギルドに所属することになっているので、依頼でちょっと町を出るとかじゃなくて旅に出るとなると、それ専用の届け出を出さないといけない。


 それで、今日は依頼を受けるより優先して、私たちはギルドの受付手前にあるテーブルでせっせと書類を書いていた。


「旅に出るって大変なんだなあ……」


 何枚もある書類に必要事項を書きながら呟くと、そうですネェ、と隣からアレンさんが応じてくれた。


「露天商としてならもう少し楽なのですがァ、やはり冒険者となると手続きが煩雑になるようでェ」


「なにが違うんだろう?」


「旅先で依頼をしたとき報酬を支払うのは旅先のギルドですからァ、そのへんのやりくりがあるのでショウ」


「なるほど?」


 とかなんとか、手を動かしながらふたりで喋っていたら、気まぐれにかギルド長が奥の部屋から出てきた。


 しばらく受付でなにか事務的な会話をしていたかと思ったら、こっちに向かって歩いてくる。


「エスター、アレン! 旅に出るんだって?」


「あ、はい」


「ちょうど書類を書いていたところでェ」


 私たちが返事をすると、ギルド長は出立届の目的欄を覗き込んでくる。


「エスターの体質を治療するために王都へ、か。頑張ったよなあ、エスター」


 突然褒められて私は思わず目を白黒させてしまう。ギルド長は苦笑いした。


「最初ギルドに入ったときは目も当てられない待遇だったろ。俺も助けてやりたかったけど魔法が使えないんじゃあ助けにも限度がある」


 アレンさんに会う前の話だ。私が魔力供給係をほそぼそとやっているのを見かねて、ギルド長が広報配達を振ってくれたのだった。


「広報配達をやってくれって言ってもらえたときは嬉しかったですよ」


「そうかあ? ならいいんだけどな」


 ギルド長はそう言って、にこにこしながらアレンさんの背中を叩く。かろうじてアレンさんの字はぶれなかったみたいだ。


「ところが、だ。アレンが来てからというもの、エスターもアレンもお手柄が多かったし、普段の依頼もじゃんじゃんこなしてくれたろ。一転大活躍だったな」


「ありがとうございます、アレンさんの魔術道具のおかげなんです」


「それを言うならエスターの潜在能力あってこそですヨォ」


 私たちが言いつのるのを聞いて、ギルド長がぷっと吹き出す。しばらく声を潜めるようにおなかを押さえて笑って、私たちの肩をばしばし叩いた。


「仲良しじゃねえか。いいコンビだな、あんたら」


 私とアレンさんは思わず顔を見合わせてしまう。なんだかくすぐったくて、小さく笑った。


「王都まで行くってのはそれだけで難儀だが、あんたらなら大丈夫だろ。ま、頑張ってこい」


「はい!」


「ありがとうございますゥ」


 ギルド長は私たちを励ますようにまた肩を叩いて、そして去っていく。


「……なんだかやる気が出たね、アレンさん」


「そうですネェ。まずはこの書類を片付けてェ、どんどん準備を進めまショウ」


「うん!」


 褒めてもらえたのは嬉しかったし、やっぱり応援には応えないとね。


 私はまだ見ぬ王都への道のりを想像して、わくわくしながら書類にとりかかったのだった。




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