046 「熱波箱」

ウォーレン歴9年 余寒の月12日 日中




 依頼にあった調査は森の中で行われるということで、私たちはいつもクラウドさんの護衛をするのと同じような要領で森へ向かった。


 雪に覆われた草原から出てくる魔物はスレイドくんがさくさく切り捨てていく。


 森の中に入ると、依頼者の学者さんたちは聞いたことのない詠唱魔法を展開し始めた。


 私は「魔力探知球」を取り出して手のひらの上に乗せる。ふわっと浮かび上がって周囲の魔力反応を表示し始めた。


 【魔力探知】の嫌いなシェリーと、あとのふたりも「魔力探知球」を覗き込む。


「普通の魔物は退治してよくて、氷属性の魔物だけちょっと時間稼ぎしてほしいって話だったわね」


 シェリーが依頼の内容を確認する。盾を持ち直してヴィックさんがふむ、と呟いた。


「じゃあ俺は氷属性に集中するか」


「そしたら俺は普通の魔物を斬るほうに。エスターは?」


 スレイドくんに話を振られて、私は今日持ってきた魔術道具を頭の中で確認する。


「私は盾系の魔術道具はないから……」


「じゃあヴィックが足止めした魔物の調査が終わったらそれを倒せばいいんじゃない? 私はスレイドに加勢するから」


 シェリーがフォローを入れてくれる。私はとにかく頷いた。氷属性の魔物にちょうどいい魔術道具も最近使うようになったところだ。


「じゃ、そういうことで。やるか」


 ヴィックさんが話をまとめて、私たちは「魔力探知球」が見える範囲で散らばった。


 それからはしばらく、依頼に集中した。


 氷属性の魔物が出てくるとヴィックさんが前に出て、学者さんから許可が下りるまで倒さない程度に防ぐ。


 私がその斜め後ろで構えているのは薄い木の板でできたお腹に抱えるくらいの大きさの立方体の箱、「熱波箱」だ。


 正面に円い穴が空いていて、箱の側面を両手で叩くと詠唱でいうところの【熱波】の魔法が穴から飛び出してくるしくみになっている。


「調査完了です」


「はい!」


 学者さんの声で、「熱波箱」を叩く。ぼん! と音を立てて熱気の塊が飛び出した。魔物に直撃して、じゅわっと融ける。


「面白いな、それ」


「そうですね……」


 ヴィックさんが「熱波箱」を褒めてくれる。でも私はアレンさんの素っ気ない態度を連想してしまって、気のない返事しかできなかった。


 薄曇りの向こうで陽が傾き始めた頃、調査が終わる。


 帰り道、スレイドくんがやっぱりさくさく魔物を倒す中、ヴィックさんが私の顔を覗き込んだ。


「エスター、今日元気ないな?」


「え、あ、えっと」


「あのもさもさ頭の人となにかあったわけ?」


 シェリーまで心配そうに声をかけてくれる。


 私は観念して事情を話すことにした。といっても私にも事情がよくわからないんだけど。


「先月の終わりにアレンさんの先輩が来て、3人で一緒にお酒を飲んだの」


「へえ」


「私はすごく楽しくて、もっとアレンさんのこと知りたいなって思ったんだけど。そのくらいの頃から、アレンさんの様子がおかしくて……」


「ふーん」


「なにかをずっと作ってるみたいなんだけど、避けられてるのかもしれないし、わからなくて困ってるんだよね」


 シェリーとヴィックさんが顔を見合わせる。魔物を一体倒したスレイドくんが半分顔をこっちに向けた。


「それってあれじゃねえの、エスターのたn」


「シーッ!」


 スレイドくんがなにかを言いかけたのを、シェリーとヴィックさんが止める。


 私はなにがなんだかわからなくて、きょとんと目を瞬かせた。


「ま、まあ、あれよ、エスター」


 シェリーが私の肩を軽く叩く。困ったような笑顔が珍しい。


「うん?」


「あと一週間くらい様子見たら? 本当になにか作るので忙しいのかもしれないじゃない」


「そう、かなあ……」


 ヴィックさんもシェリーと反対の肩をぽんと叩く。


「そうそう、あと一週間くらいな」


「……?」


 なんだかふたりがわかっていることに置いていかれている気がして、私は疑問をさらに増やして町に帰ったのであった。




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