043 「僕」

ウォーレン歴9年 厳冬の月29日 夜




 潰れたな、とあっさり言ったレイフさんは、特にアレンさんを助ける気がないらしく、のんびりお酒を口にしている。


「あのー、介抱とかしなくていいんですか?」


「大丈夫。これはまだ第一段階だからな」


「第一段階……?」


 レイフさんも二杯目を注文したので、私はそわそわしながらもお酒を口に含んだ。


 それにしても、アレンさんみたいにいろんな魔術道具を作れる人が他にはいないっていうのはびっくりした。


 でも思い返してみればいつだったか、詠唱でいう呪文を作るところから魔術道具を作るってアレンさんが言っていた気がする。


 そんなに大変なことをする人はめったにいないとか、そういうことなんだろうか。


「ところでどうしてエスターちゃんは魔術道具使ってるんだ? アレンみたいに魔力が少なくて詠唱魔法が大変とかそういうのじゃないだろ?」


「ああ、私、詠唱魔法が使えないんです。魔術道具なら使えるってアレンさんに教えてもらって、それ以来アレンさんの魔術道具で魔法を使ってます」


「ふーん、そりゃ珍しい。俺は医学の成績がからっきしだったからなんとも言えねえけど、アレンに出会えてよかったな」


「はい!」


「僕もエスターさんに出会えてよかったぁ」


 ……突然、聞き慣れた声で聞き慣れない口調の言葉が聞こえた。


「お、きたきた第一段階」


 レイフさんがにやにやしながら見ているのは、いつの間にかむくりと起き上がっていたアレンさん。ゆらゆら揺れてるけど、これは……?


「えっとー、アレンさん?」


「はーい」


 ……呼びかけてみると普通の返事が返ってくる。なんか、普通のはずなのに違和感。


「こいつ、ある程度酔っ払うとあの口調が取れるんだよな。面白いのなんのって」


「『潰れると面白い』ってこのことだったんですか……?」


「そうそう」


「僕をおもちゃにするのはやめてくれ、レイフ」


「はいはい。どーせ寝て起きたら覚えてないだろ」


 レイフさんは見慣れているのか普通に対応してるけど、私は違和感が強すぎて言葉が出ない。


「それで? アレンお前今エスターちゃんと冒険者やってるわけ?」


「そうだよ。エスターさんと一緒にいるとインスピレーションが尽きなくて最高の気分だ」


「俺が紹介したほうの仕事は?」


「そっちも続けてる」


「忙しいやつだなあ。ま、楽しいならなによりだけどよ」


 目の前で繰り広げられる会話が普通なんだけど普通じゃないっていうかなんていうか。


 酔うと素が出るとかいうし、アレンさんのあの口調は作っていたものなんだろうか。……逆にあの口調が素だったら変か……。


「レイフさんって、アレンさんのこといろいろ知ってるんですね」


「んー、まあ親友名乗れると思うくらいには知ってるな。高等学校の最終学年は実際に王都の研究所に見習いとして行くんだけどよ」


「へえ?」


「こいつ、研究室のいちばんお偉いさんとそりが合わなかったんだな、これが」


「『魔術道具は伝統ある技術の結晶だから手を加えることは許さない』なんて向上心がなさすぎるんだ、僕は現代でも使える魔術道具が欲しかったのに」


「はいはい、落ち着けって。まあこんな感じだから、アレンも鬱憤が溜まりまくりでさ。俺がちょくちょく発散させてやってたわけ」


「そうだったんですね……」


 アレンさんの昔話なんて聞いたことなかったし、ましてやアレンさんが大好きな魔術道具のことでいろいろ葛藤があったらしいってことも知らなかった。


 なんとなく、切ない気分になった。アレンさんのこと、わかったつもりでわかってなかったんだなあ……。


 レイフさんがなんだか嬉しそうにグラスを軽く掲げる。


「エスターちゃんがこいつのインスピレーションを刺激してくれるなら、もう俺が心配しなくてもいいな。アレンは好きなように魔術道具が作れる環境を手に入れたわけだ」


「えっと、そんなにたいしたことはしてないと思うんですけど」


 いや、とレイフさんはお酒を口に運ぶ。


「言ってみれば俺も、考え方がちょっと柔軟なだけの研究室側の人間だからな。やっぱりアレンのことを手放しで肯定はしてやれない。その点、エスターちゃんはそのへんのしがらみなくアレンを肯定できるだろ? アレンにとっちゃ最高だと思うぜ」


「そう……ですかね」


「おうよ」


 レイフさんはゆらゆら揺れているアレンさんのおでこをつつく。


「現に、なんだかんだこいつ、自分から素を晒しにきたしな。心を許してなきゃ絶対にここまで呑まない」


「さっきから僕のことをわかったように言わないでほしいな、レイフ」


「じゃあ自分から言うか? 照れ屋のくせにお前」


「う……」


 アレンさんは三杯目は炭酸割りになったコルヒを飲み始める。本当に言うのが恥ずかしいみたいだけど、これ以上飲んで大丈夫なのかな……。


 レイフさんはニヤニヤしながらお酒を飲んでいる。私はおつまみを食べてみた。見た目通り甘辛い味が口の中に広がる。


 さて、とレイフさんがいつの間にか空になっていたグラスを置いた。


「夜はまだ長いぞふたりとも。いろいろぶっちゃけて話そうぜ!」




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