042 酒場での昔話
ウォーレン歴9年 厳冬の月29日 夕方
日が沈みきっていないうちに入った酒場はまだそんなに混んでいなくて、私たちは奥の方のテーブルを確保する。
レイフさんがメニューもろくに見ずに手を挙げて店員さんを呼んだ。
私はお酒のことがわからないのでおとなしくしてようかな。アレンさんはちょっとそわそわしている感じだ。
「俺のおごりだから俺が頼むのでいいよな?」
「私はいいですよ」
「レイフサン、お願いですから私を潰すのだけはァ……」
アレンさんが言いかけたのを無視して、レイフさんは店員さんに注文を始める。
「お嬢ちゃんにはそうだな、ラッカ酒の水割り。俺はコルヒの炭酸割り、こっちにはコルヒのロック。あと適当なおすすめのつまみ」
コルヒってお酒をたいして知らない私でも聞いたことのある、度の強いお酒だ。アレンさんが去っていく店員さんを切なそうな顔で見送っている。
「いつもの流れじゃないですかァ……」
「お前は潰れたほうが面白いからな!」
「ひどくないですかァ!?」
とかなんとか言いつつ、アレンさんは注文を変える気はないらしい。
酔って潰れるって相当飲むイメージがあるけど、実際のところどのくらい飲んだらそうなっちゃうんだろう。
私は見慣れない酒場の空気と、アレンさんとレイフさんのまだつかめない空気感に、どうしてもそわそわしてしまう。
レイフさんがそういえば、と私のほうを向いた。
「お嬢ちゃんの名前聞いてなかったわ、悪い」
「あ、エスターといいます」
「エスターちゃんな、よろしく」
「こちらこそ……?」
私はレイフさんとテーブル越しにまた握手をする。よくわからない人という印象はやっぱり消えないままだ。
「それで、聞いた話によるとふたりだけでドラゴンを捕まえてきたって?」
レイフさんは私とアレンさんを見比べるようにしながら訊ねる。
こころなしか複雑そうな顔をしているアレンさんはあまり答える気がなさそうなので、私が代わりに答えることにした。
「そうですね、まずドラゴンが子供だったのと、あと私の魔力の量がすごく多いんですね」
「ほうほう」
「なので、【魔術拘束】の魔術道具をアレンさんが作って、それを使って私が捕まえました」
「【魔術拘束】の魔術道具ぅ!?」
レイフさんが笑い混じりにそう言って、おなかを抱えて笑いだす。アレンさんはため息をついてそっぽを向いてしまった。
そんなに面白いことを言ったつもりはなかったんだけど……。困惑しているうちに、最初の注文が運ばれてくる。
お酒がそれぞれ三人の前に置かれて、おつまみは刻んだ根菜を揚げたのに甘辛そうなソースがかかっているやつだ。
レイフさんは笑いを一生懸命に抑えて、グラスを掲げる。
「まあとりあえず、再会と出会いに乾杯!」
私とアレンさんも乾杯、と言って、それぞれグラスを軽くぶつけ合う。それから私は初めてのお酒を口にした。
ラッカ酒、とレイフさんが言っていたから酸っぱいのは覚悟してたけど、砂糖かなにかが入っているのかそこまで酸っぱくない。あと、ちょっと苦い、気がする。
初めてお酒を飲むときはちょっとずつ気をつけながら、とお父さんに口を酸っぱくして言われたのを思い出して、私は一口飲んだグラスを一回置いた。
アレンさんとレイフさんは慣れた様子でお酒を口に運んでいる。
「お前呪文構築の成績めっちゃ良かったのは知ってたけど【魔術拘束】の回路なんてよく描いたな?」
「詠唱を分解して回路に落とすのに3日かかりましたネェ」
「いや、3日で済むのが怖えわ」
なんか専門用語が飛び交っている気がする。私がぽかんとふたりを見守っていると、レイフさんが私のほうを見た。アレンさんを親指で示す。
「こいつな、3年制の高等学校の1年生で2年分の単位取ってよ」
「それって他の人の2倍授業を受けたってことですか?」
「そうそう。しかも、考古学と歴史と、呪文構築っていう詠唱を開発する学問な、あとなんだっけ?」
アレンさんはちびりとお酒を飲んでから小さく答える。
「……医学と文学ですゥ」
「それそれ、その5科目で成績首位! 期待の新人が入学してきたって学校中が大騒ぎしたんだぜ」
高等学校は王都にあって、入学するのがまず大変な代わりに、卒業すれば研究者になれたり王都でいい職に就ける。
そこでいきなりすごい成績をとるのは、並大抵の人ではできない気がした。
「アレンさんって、実はすごいひとだったんですね……」
「実はっていうか今もすごいひと更新中なんだけどな?」
「やめてくださいィ……」
アレンさんは困ったように頭を押さえる。そのままぐいっとグラスを傾けたので、つられて私もお酒の二口目を口に運んだ。うん、この苦いところがお酒なんだろうな。
「お、アレン、いい調子じゃねえか。おねーさん、コルヒのロック追加で!」
「こんなの飲まないとやってられませんヨォ」
混み始めた酒場で、だんだん声を大きくしないとお互いに聞こえなくなってくる。
「あの、今もすごいひと更新中っていうのは?」
「エスターちゃん、こいつが新しく魔術道具作るところ何回見た?」
「え?」
そりゃあもう数えきれないくらいですけど、とすんなり答えにくい雰囲気の質問だ。
アレンさんのほうをちらりと見ると、さっき届いた二杯目のコルヒを飲むことに集中しているらしい。あんまり話したくない話題なんだろうか。
私の視線とアレンさんの様子に気付いたのか、レイフさんは肩をすくめておつまみを食べる。
「簡単に言っちまうとな。既存の――たとえば『光球ガラス』とか『契約ペン』とか――、そういうやつ以外の魔術道具を作れんの、こいつくらいしかいないんだわ」
え?
「私、専用の魔術道具たくさん作ってもらってるんですけど……」
「へえ、そりゃ他の魔術道具商にはできねえぞ。よかったな」
「えええ??」
なんていうか、今までそういうものだと思っていたことがまるっとひっくり返された気分だ。
つまりアレンさんはすごいひとということで……とアレンさんのほうを見ると、アレンさんはちょっと赤くなった顔でまたしてもぐいっとグラスを一気にあおった。
「お、なんだよ、今日は俺が潰すまでもないな?」
「…………」
レイフさんのからかうような言葉を無視したかと思ったら、がったーん! と音を立ててアレンさんがテーブルに突っ伏した。
「えっと?」
「潰れたな。こいつ酒そんなに強くないからこんなもんだ」
「ええ……??」
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