041 突然の来訪者
ウォーレン歴9年 厳冬の月29日 夕方
新年になって約1ヶ月、雪ばかりの毎日だけどそこそこ依頼をこなしたりしてあっという間に月末になった。
今日はちょうどいい依頼がなかったから、アレンさんと一緒に商店街をぶらぶらして一日を過ごした。
アレンさんは雑貨屋さんでなにかを買ったみたいだけど、私は特になにも買わないまま終わってしまった。
「そろそろ帰りますか?」
「そうですネェ、夕飯にして帰りまショウ」
そんなことを話しながら商店街を出ようとすると――。
「その染めた髪、やっぱ目立つよなあ、ア・レ・ン!」
やたら大きな男性の声がしたと思ったら、アレンさんが隣で硬直した。
「アレンさん?」
「今のはァ……」
こころなしかぷるぷるしているアレンさんの代わりに私が後ろを振り返ると、商店街の人混みの中をまっすぐアレンさん目がけて歩いてくる人影が目に入った。
薄茶のショートヘアが冬の風に小さくなびいて、同じく薄茶の瞳はなんだかすっごくキラキラしている。
私がぽかんとしているうちにその男の人はアレンさんの後ろにたどりついて、ぽんぽん、と肩を叩いた。
「久しぶり、アレン」
「なんでここにいるんですかァ……」
肩を叩かれてようやく振り返ったアレンさんは心底びっくりした様子でようようそう口にする。男の人はにかっと笑った。
「とんでもねえ魔術道具の噂が入ってきたから、お前なんじゃないかと思って休暇取って馬車飛び乗って来たんだぜ」
「とんでもない魔術道具?」
思わず私が口を挟むと、男の人は今私に気付いたように私の方を向いた。
「おう、もしかしてドラゴン捕まえたのお嬢ちゃんか?」
「えっと?」
「俺はレイフ、アレンの先輩兼親友だ。よろしくな」
レイフと名乗った薄茶の髪の男の人は私に手を差し出す。私はおそるおそる握手した。突然すぎる登場についていけてない。
「親友じゃありませんヨォ……」
アレンさんがまだちょっとしか話してないのに疲れ切ったように肩を落とす。レイフさんはなんだよ水臭いな、と笑った。
「夜通し魔術道具のあれこれについて語り合った仲だろ? そんなこと言うなよ」
「レイフサンが勝手に私を巻き込んだだけですよネェ?」
「でもまんざらでもなかっただろ?」
レイフさんはアレンさんの肩に腕を回す。アレンさんのほうが背が高いので軽くぶら下がるみたいな感じになった。
アレンさんはむっつり黙り込んでしまう。レイフさんはアレンさんを逃がすまいとするかのように肩を組んだまま、きょろきょろと周囲を見回した。
「まあこんなとこで突っ立って話をしてもなんだし、酒場にでも行こうぜ。お嬢ちゃんはもう酒飲める歳か?」
「えっと、ちょうど18歳なので大丈夫です」
この国でお酒を飲んでいいのは18歳からだ。そういえば誕生日からそろそろ1年経つけど、酒場ってちょっと怖くて行ったことなかったな。
「レイフサンが私にお酒を飲ませるとロクなことが……ふぎゅゥ!?」
レイフさんはアレンさんをぐいぐい引っ張っていく。私はとりあえず酒場に案内しようと早歩きでふたりに追いついた。
「あの、さっきドラゴンって言ってましたけど」
とぼとぼ後ろをついてくるアレンさんの前で並んで、レイフさんに訊いてみる。
「ああ。俺、王都の魔術道具の研究室に在籍してるんだけどな、知り合いから『ドラゴンを捕まえられる魔術道具があるらしいんだけど知ってるか?』って訊かれてよ」
「それでどうしてアレンさんのところに来ようと思ったんですか?」
「うちの研究室ではそんな規格外の魔術道具扱ってねえんだよ。俺の知る中でそんなもんを作れるのはアレンしかいなかったからな」
「そうなんですか……?」
レイフさんは私の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「ぴんときてねえみたいだけど、アレンはすげえんだぞ。酒が入ったらたっぷり聞かせてやるよ」
「やめてくださいィ……」
後ろからアレンさんの消え入りそうな声が聞こえたけど、レイフさんは聞こえないふりをすることにしたようだった。私もついつい興味の方が先行してしまう。
「情報量が多すぎてよくわからないです。レイフさんは王都の人なんですか?」
「王都で研究者をやってるんだ。この町に王都の役人が来たことあったろ? 帰ってきたそいつらが話してた噂を聞いたんだよ」
「ああ……」
清涼の月に、アレンさんの「捕獲縄」でレイニードラゴンであるモーラを捕まえて、地理院の人たちを引き合わせたことがあった。それのことだろう。
「教授はお怒りだったでしょうネェ……」
ようやく気持ちの整理がついたらしいアレンさんがレイフさんの隣に並んでため息をついた。
「怒りを通り越して放心してたぞ。ほんとあれは笑えたわ」
そうこうしているうちに酒場に到着する。扉を開けながら、レイフさんは楽しそうな声を上げた。
「今日は俺のおごりだから、昔話とか近況報告とか、楽しくやろうぜ!」
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