040 雪空ダンス!

ウォーレン歴8年 霜寒の月31日 夜




 夜。ダンスの準備を始める号令がかかると、円形の広場の一部に雪を積み上げて作ってあった舞台を、みんなの思い思いの魔法で壊していく。


 私とアレンさんは舞台が崩れるのに下手に巻き込まれるとまずいのでとりあえずモーラの姿を探した。


 モーラは小さい女の子とじゃれているようだった。近付いてみると、女の子に両手をつかまれた状態で女の子がぴょんぴょん跳ねるから、どうしたものか戸惑っている様子。


「モーラ!」


 私が呼ぶと、モーラは助かったとばかりに振り返る。女の子もちょうどお母さんか誰かに呼ばれたようで、モーラに手を振って去っていった。


「すっかりこの町に馴染みましたネェ?」


 アレンさんが小さく笑うと、モーラはやれやれといった様子で肩をすくめた。


『われは一応森のヌシなのだがな……』


 それでも心底嫌ってわけじゃなさそうなのがモーラのいいところだ。


 舞台を崩し終わって、雪まつりの係の人たちが新しい篝火を運び込んでくる。広場全体がぐるっと囲まれて、ぼうっと明るく照らされていく。


 その間、暇な人たちは小さな【光球】をトウヒの木にぽいぽいくっつけていった。


 私が期待を込めてアレンさんの方を見ると、アレンさんはいつもよりは小さい荷物の中から杖のようなものを取り出した。


「くるくるヒョイ、でできますヨォ」


「さすがアレンさん!」


 毎年参加できなかったトウヒの木の飾り付けに今年は参加できるなんて、最高だ。


 たぶん「飛雷針」と同じ要領だろう。杖の先をくるくる回すと光の粒ができて、ひょい、と投げるような仕草をすると、トウヒの木のほうへふわふわと飛んでいった。


 しばしアレンさんと一緒にそうやって光の粒を投げていたけど、ふと私は空を見上げた。


 珍しく晴れていた昼に引き続き、夜も薄曇りだけど雪が降るほどではない空模様。


「いつもは厄介ですけど、雪まつりの日くらいちょこっと雪が降ったら楽しかったのになあ」


 私の独り言に、手持ちぶさたそうにしていたモーラが小首を傾げた。


『雪が降ってほしいのか?』


「大雪だと中止になっちゃうからちょっとだけですけどね。まあそううまくは――」


 みるみるうちに雲が厚くなっていく上空。ぽかんとして言葉を切ってしまった私に、モーラの得意げな声が届いた。


『われはレイニードラゴンだぞ。雪雲を操るくらい造作もない』


 私がモーラと空を見比べているうちに、ふわりと柔らかい雪片が落ちてくる。


 他の人もふわふわと舞い始めたそれに気付いたようで、わあ、と声が上がった。


「ありがとうございます、モーラ!」


『ふふん、存分に敬うとよい』


 得意げに胸を張ったモーラの頭を撫でる。子供扱いするでないぞ、というモーラもまた可愛い。


「あ、そうだ」


 私は手に持ったままだった杖をアレンさんに返す。


 そろそろダンスが始まるから、その前にふたりにダンスを教えておかなくちゃ。




 ちらちら雪片の舞う中楽器の演奏が始まると、私たちはダンスの練習をやめてそれぞれ適当なところに散らばった。


 男女別れて二重の輪になり、近くの男女が組になって輪の正面を向いて手を繋ぐ。


 左、左、右、右、とステップを踏んで、4歩歩く。


 左足でかかと、爪先、と踏んでから、女性のほうがくるりと振り返って向かい合わせになる。


 そして今度は右足でかかと、爪先、軽く会釈をして、ひとつ向こうの人と組を組み直す。


 陽気な音楽のリズムに合わせて簡単なステップを踏むだけの、小さい子でもできるダンスだ。


 アレンさんとモーラはちゃんと踊れているだろうか、とか思いながら踊っていたら、組を変えたときに相手に声をかけられた。


「お、エスターじゃねえか。露店で売ってた道具、使わせてもらってるぜ」


 びっくりして顔を見たら、「標的球」を気に入って真っ先に買ってくれたお兄さんだ。たぶん。


「ありがとうございます、アレンさんにあとで伝えておきますね!」


「おうよ」


 そうやって時々組になった人とおしゃべりしながら踊っていると、今度はモーラが組になった。


「モーラ、ダンスはどうですか?」


『奇妙な催しだとは思うが面白いぞ』


「ふふ、よかったです」


 モーラもだいぶ慣れた様子で次の人と組になっていく。楽しんでくれているならよかったなあ。


 しばらく踊っていると今度はスレイドくんがやってきた。


「よ。エスター、最近元気か? って、聞くまでもなさそうだけど」


 冬場はクラウドさんの護衛がないので、スレイドくんと会うのは久しぶりといえば久しぶりだ。


「元気だよ。スレイドくんも元気そうでよかった。みんなは?」


 踊りながらスレイドくんは肩をすくめる。


「元気元気。シェリーとか暇を持て余して編み物始めたらしいぞ」


「ふふ、面白いね」


 ひらっと手を振ってスレイドくんは次の組に移っていった。


 そろそろ曲が終わりそうだな、という頃合いになって、アレンさんと組になった。


「アレンさん、ちょっと疲れてます?」


「慣れない動きをしているのでうっかりしたら足をつりそうですゥ」


「あはは」


 くるりと振り返って、笑顔で会釈。したところで、じゃん、と音が鳴って曲が終わった。


「終わりましたネェ?」


「そうですね」


 曲が終わってダンスは終わったけど、みんなそのまま雑談に発展している。


 私とアレンさんは繋いだままだった手をどちらからともなく見下ろして、慌ててぱっと離した。


 実は雪まつりのダンスには「曲の最後に好きな人と組になっていると両想いになれる」というジンクスがあるんだけど……。


 まあ、私とアレンさんはそういう関係じゃないし、わざわざ言うことじゃないか。


 でも、これからもアレンさんといいコンビでいたいな、と私はぼんやり思った。




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