039 「映像紙芝居」

ウォーレン歴8年 霜寒の月31日 夕方




 雪まつりも夕方になって、雪で作った舞台の前に町の人たちが集まり始めた。


 私とアレンさんは出し物をする側なので、モーラを観客席に残して舞台そでのほうに向かう。


 舞台そでにもたくさんの人が集まっていた。学校の幼稚部の子たち、聖歌隊のひとたち、旅芸人ふうのひとたちもいる。


「えっと、私たちの順番は……」


「聖歌隊のあとですネェ」


 舞台そでの雪に刺してある立て看板で私たちは順番を確認する。私たちの出し物はわりと最初のほうにあるようだ。


 そうこうしているうちに、町長さんの挨拶があって、雪まつりのパフォーマンスが始まった。


 幼稚部の子たちがやる出し物は、毎年恒例のこの町のなりたちについての寸劇。道に迷った王子様が、まだ町になっていなかったここの人に助けられる話だ。


 聖歌隊の今年の合唱には私もお気に入りの25番が入っていた。使える魔法の種類をあげて、神様に感謝しよう、という歌だ。


 教会で歌う時はパイプオルガンの伴奏が、舞台の上でははハンドベルで鳴らされる。


 いつもとおもむきが違う賛美歌に、私は思わず耳を傾けていた。


「われらが神の みめぐみかぞえ

 いのりをささげ 日々歌わん


 燃ゆる炎よ あふるる水よ

 いぶく草木は 地に根付かん


 風吹きすさび いかずちが鳴り

 光も闇も 意のままに


 神のみめぐみ この身にうけて

 感謝のままに 日々歌わん」


 聖歌隊の歌は神様に捧げる歌だから、拍手はしないのが小さな決まりだ。しん、と音が止んで、粛々と聖歌隊のひとたちが舞台から降りてきた。


 私とアレンさんはなんだか緊張してしまって顔を見合わせる。どちらからともなく頷きあって、舞台に上った。


「次はエスターさんとアレンさんによる『魔法使いの恋』です」


 司会者の人が私たちの演目を読み上げる。アレンさんは係の人に預けてあった一冊の紙芝居を受け取った。


「ここからは楽しく皆様に紙芝居を披露したいと思いますゥ」


 アレンさんが紙芝居を構えて話し始める。観客席からは何が起こるのかという視線が集まった。


「でもォ、この距離だとォ、こんなに小さい紙芝居は見えませんネェ?」


 どっと観客席が笑う。アレンさんはひととおり笑いが収まるのを待ってから、私に紙芝居を渡してきた。


 私はまだドキドキする胸をなだめながら、正面に向けて紙芝居を構える。


 空中に「魔法使いの恋」の文字が浮かび上がって、おお、と声が上がった。


 この紙芝居はアレンさんが1週間かけて作った魔術道具で、魔力を込めるとこうやって紙芝居の内容が幻影になって浮かび上がるという「映像紙芝居」だ。


 内容はみんな小さい頃に一度は聞いたことのあるものだけど、こうやって映像が浮かび上がるから、きっと楽しんでもらえると思う。


「むかーしむかし、魔法がごく限られた人にしか使えなかった頃のおはなしです」


 アレンさんが暗記した紙芝居の文章を私の隣で語り始める。さすがにこういうときはいつもの変な口調は出てこないみたいだ。


 私は紙芝居をめくる。畑の雑草を泥まみれになりながら抜いている男の子の幻影が浮かび上がる。


「とある小さな町に真面目な男の子が住んでいました。男の子はなんにでも一生懸命で、町の人みんなに好かれていました」


 幻影がどんどん動いて、町の人に頭を撫でられる男の子に移り変わる。


「そんな男の子を神様は目に留めて、魔法をお授けになりました」


 紙芝居をめくる。真っ白な扉がゆっくり開いて、男の子に光の粒を降らせた。「開きかけの真っ白な扉」は、神様のモチーフだ。


「男の子はおおいに喜んで、その力を町の人のために使ってあげました」


 跳んで喜ぶ男の子の幻影の上に砂時計の幻影が浮かんで、砂時計がくるくる回っていく。男の子がどんどん成長していった。


「年月が過ぎ、青年になった男の子は、とある少女に恋をしました」


 話しているふうの青年の幻影と少女の幻影。でも少女はぷいとそっぽを向いてしまう。


「しかし少女は青年のことを見向きもしません。青年は自分の自慢の魔法を見せることにしました」


 ここからが見どころだ。私はただ紙芝居をめくるだけなのにやっぱり緊張するのを感じた。


「燃えさかる火の魔法」


 紙芝居をめくる。炎の幻影が観客席いっぱいに広がった。おお、とかうわあ、とか驚いた反応が聞こえてくる。


「そしてそれを清める水の魔法」


 紙芝居をめくる。炎の幻影を綺麗な水の波の幻影が上描きしていく。


「枯れた大地も生き返らせる土の魔法」


 紙芝居をめくる。ひび割れた大地の幻影が、潤いを取り戻してコケを生やす。


「そしてそこに芽吹く植物の魔法」


 紙芝居をめくる。めきめきと音を立てそうな勢いで高く木やツタの幻影が伸びていった。


「嵐を呼ぶ風の魔法」


 紙芝居をめくる。青緑色で表現された風の幻影がツタや木の幻影をなぎ倒していく。


「そして嵐を引き裂く雷の魔法」


 紙芝居をめくる。稲光の幻影が観客席を何度も点滅させた。


「最後に神の恵みそのものである光の魔法」


 紙芝居をめくる。雷雲の幻影がパッと晴れて、もう空は薄暗いのに明るい光が観客席に広がった。


 光がゆっくり消えていくと、観客席から口笛や拍手が飛んできた。私はホッとして、ちらっとアレンさんと顔を見合わせる。


 でも紙芝居はここで終わりじゃない。最後まで気を抜かないようにしないと。


「それでも少女は青年のことを見向きもしません。それもそのはず、彼女には別の想い人がいたのです」


 紙芝居をめくると、少女を追いかけていった主人公の青年が、別の青年と少女が抱き合っているところを見てしまう幻影が現れる。


「嫉妬に狂った青年は闇の魔法を使おうとしました」


 主人公の青年の幻影が手のひらの上に闇の塊を作り出す。


 闇の魔法は使い間違えないように義務教育でしっかり習うから、物語の中とはいえいざ使おうとしているところを見るのはけっこうヒヤッとする。


「そのとき、神様はお怒りになって青年から魔法を取り上げておしまいになりました」


 紙芝居をめくる。青年の上に現れた真っ白の開きかけの扉の幻影が、閉まった。


「絶望にうちひしがれた青年は、町の外れの小屋にひきこもって、二度と出てこなかったといいます」


 紙芝居をめくる。膝から崩れ落ちる青年の幻影、そしてあばら家の幻影が浮かび上がって、さらさらと消えていった。


 しん、と静寂が落ちる。しかし次の瞬間、わあっと拍手が巻き起こった。


 あまりの勢いに私もアレンさんもぽかんとしてしまう。でも、少しして出し物が大成功に終わったことに気付いた。


 私とアレンさんは観客席に礼をして、手を振りながら舞台から降りる。拍手は私たちがそでに入るまで鳴りやまなかった。


「やりましたね、アレンさん!」


「大成功でしたネェ」


 ハイタッチしちゃったりとかして、ひととおり喜んだところで、私たちは舞台そでから次の出し物を見る。


 旅芸人の本格的な芸の発表から、酒場のおじさんたちのお茶目な劇まで、いろいろな出し物が過ぎていった。


 そして、最後は雪像コンテストと出し物のコンテストの結果発表だ。


 雪像コンテストはやっぱり毎年恒例の2組の接戦で優勝者が決まり、出し物のコンテストも旅芸人のひとたちが賞金をかっさらっていった。


「最後に、出し物にギルド長からの特別賞があるそうです」


 突然司会者の人がそんなことを言い出した。ギルド長が舞台上に上がる。


「今年はいつになく奇抜な出し物があった。どれだか、みんなわかるよなあ?」


 ざわついていた観客席からぱらぱらと同意するように拍手が起こった。


「エスターとアレンに特別賞として、俺の小遣いから300ユールだ! 上がってこいよ、ふたりとも!」


 特別賞? ぽかんとする私たちの背中を、舞台そでにいた他の人たちが笑顔で押してくれる。


 舞台に上がると、また拍手が起こった。ギルド長が手を差し出してくる。


「ほんと、あんたらはすごいぜ。これからも期待してるぞ!」


 私はいまいち実感がわかないまま、ギルド長の手を取って握手をする。ぶんぶん手を振られて痛いくらい。


 アレンさんが私と交代でギルド長と握手をした。あたたかい拍手が私たちを包む。


 かなり遅れて、これだけの人たちに認められたんだという実感がわいてきた。


「ありがとうございます……!」


 私はギルド長に、そして観客席に、大きな声でお礼を言って頭を下げた。


 もうすっかり夜。雪まつりの最後は、みんなでダンスだ。




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