038 雪まつり

ウォーレン歴8年 霜寒の月31日 朝




 アレンさんが魔術道具を作るために部屋にこもっている間は他のパーティに混ぜてもらったりして、なんだかんだであっという間に一週間が過ぎた。


 今日は雪まつりだ。ここ最近いつも曇りがちの空が、今日はいいお天気。


 アレンさんと朝ごはんを食べ終わって、ギルド口座からちょっと多めにお金を下ろした私たちが広場に出ると、すみっこのほうでたたずんでいたモーラがこちらに手を振ってきた。


『待っておったぞ。やはり賑やかだな』


「年に一度の雪まつりですから。行きましょう、日中は出店と雪像コンテストですよ!」


 家族以外の人と雪まつりを回るのは初めてだ。しかもふたりとも初心者だから、私が案内しないといけない。なんだかワクワクしてきた。


 商店街の大通りでは、まだ準備中の出店が多い。


 まずは民家の前に思い思いに作られている雪像のほうを見て回ろうと、私はふたりを大通りの一本裏道に誘った。


 町角には雪像コンテストの係の人が立っていて、私たちに投票券とパンフレットをくれる。


「投票券はひとり3枚です。投票場所は広場の観客席の奥にあります。3つの雪像に投票するもよし、ひとつの雪像に3票投じるもよし。お好きに楽しんでくださいね」


「本格的ですネェ」


 アレンさんが感心したように投票券を受け取る。モーラも真面目な顔で話を聞いて投票券を受け取っていた。私も同じように受け取って、パンフレットを見る。


「今年は34個の雪像が参加してますね。まあ毎年だいたい同じ人が接戦になるんですけど」


「面白そうですゥ」


 私たちはそろって歩き出す。早速ひとつ目の雪像が目に入った。


 いたって普通の雪だるまだ。丸い雪玉三段積み、木の枝の腕と小石の目鼻。


「……雪だるま、ですよネェ?」


 首を傾げたアレンさんに、私は小さく笑う。


「小さい子もエントリーできるので、こういうこともあります」


『ふむ、これは簡単なほうなのか?』


「そうですね、もっと凝ったのもこの先にあると思いますよ」


 モーラの素朴な疑問に笑って、そんな話をしながらひとつひとつ個性があって面白い雪像を見て歩いていたら、モーラがぴたりと足を止めた。


『これはもしや、ドラゴンの雪像ではないか?』


 雪を固めてから丁寧に削ったようなその雪像は、たしかに絵本の挿絵とかにありそうなドラゴンの姿をしている。


「そうですね、けっこうよくできたドラゴンだと思います」


『気に入ったぞ、われはこれに投票する』


「ふふ、いいと思います。ちゃんと番号覚えておかないとですね」


『文字は読めぬゆえ、エスターに任せる』


「はーい」


 25番。よし、覚えた。パンフレットにも実は「ドラゴン」って書いてあるし、忘れることはないだろう。


 雪像をざっと見て回ったところで、出店のほうから呼び込みの声がし始めた。私たちは顔を見合わせる。


「行ってみましょう!」


『うむ』


「はいィ」


 食べ物から雪にちなんだ雑貨まで、いつもの商店街とはまた違う賑わいを見せる大通り。


 私たちは端から出店を見て回ることにした。モーラが物珍しそうに見ているのは、凍らせたフルーツを木の棒に刺したお菓子のお店だ。


「お、坊ちゃんはフルーツが好きなのか?」


 出店のおじさんに問われると、モーラはこくりと頷く。アレンさんがお財布を出した。


「モーラはどれが食べたいんですかァ?」


 モーラはアレンさんを振り返った。瞳が輝いているように見えるのは気のせいではないと思う。


 結局モーラが指さしたお菓子をアレンさんが買って、モーラは嬉しそうにそれにかぶりついた。


「どうですか?」


 人ごみの中でモーラに訊ねると、モーラはもぐもぐと食べながら笑みを浮かべる。


『冷たいがうまいぞ』


「よかったですゥ」


 モーラがお菓子を食べ終わった頃、とある出店から声がかかった。


「アレンの兄ちゃん! これ見てくれよ」


 私たちが顔を向けると、そこにいたのは修理屋のおじさんだった。今日は小物の出店を出しているようだ。


 私たちが近寄ると、おじさんがボトルシップを見せてくる。


「アレンの兄ちゃんから買った虫眼鏡のおかげで、こんな細かいのも作れたんだぜ。ありがとな」


「…………」


 アレンさんはぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


「アレンさん?」


「……こちらこそォ、そんなふうに言っていただけてなによりですゥ」


 もさもさとアレンさんは前髪をかき回す。照れているときの仕草だ。


「私たち、魔術道具で出し物にも出るので、楽しみにしててくださいね!」


 すかさず宣伝をしてみたらおじさんはおお、と声を上げた。


 アレンさんがさらに前髪をもさもさする。ふふ、面白い。


 私は記念に、おじさんの作った雪の結晶のモチーフのヘアピンを買うことにした。お金を払って、ありがとな、と繰り返すおじさんの出店を離れた。


 それからもあちこちの出店に立ち寄って、雪像コンテストの投票もして、夕方。


 今度は広場の雪舞台で、出し物の時間だ。




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