036 完売御礼!

ウォーレン歴8年 向寒の月14日 夕方




 アレンさんの露店期間も最終日。今日もいろいろな魔術道具が売れていった。


 最近手元がぼやけて困るという修理屋さんは、魔力を込める量で拡大度が変えられる台座付きの虫眼鏡を。


 今年度からこの町の学校図書館に赴任してきたという細腕の司書さんは、魔力を込めると力持ちになれる手袋を。


 おっちょこちょいで料理長に怒られてばかりだというお菓子屋のお姉さんは、湯煎の代わりに魔力を込めるとちょうどよく温めることができるボウルを。


 新米弓使いの冒険者の男の子は、魔力を込めると矢の軌道を示してくれるゴーグルを。


 そして、最後に商品に興味を示した奥さんは――。


「投げたものが勝手に入るの?」


「えェ、魔力が効いている間だけそうなりますゥ。お子サンが散らかすお部屋もこれであっという間に綺麗になりますヨォ」


 アレンさんが示しているのは「吸取カゴ」という名前だったと思う。


 魔力を込めると、これの近くで投げたものを吸い込んでくれるから、ものを片付けたいときに便利な道具だ。


「遊ぶみたいに片付けられるのはいいわね。いただこうかしら」


「ありがとうございますゥ」


 5ユールを受け取って、アレンさんは「吸取カゴ」を奥さんに手渡す。ひらりと手を振って、奥さんは雑踏に紛れていった。


「アレンさん……」


 私は思わず声に出していた。アレンさんも笑顔で私を振り返る。


「やりましたね! 完売!」


「えェ、本当に完売するとは思いませんでしたァ」


 アレンさんの木箱があるだけですっかり広くなった露店区画の布の上で、私はぴょんぴょん跳ねる。初日にはびっしり魔術道具があったのが嘘みたいだ。


「すごいですよ!」


「なんだか実感が湧きませんデスゥ。たくさんの方に買っていただけましたネェ……」


 しみじみと呟くアレンさん。照れたように前髪をもさもさとかき回した。


「魔術道具が『使える』と思っていただけるのはァ、やっぱり嬉しいですゥ」


 心の底から嬉しそうなアレンさんに、私もなんだかしみじみしてしまう。


 アレンさんと初めて会ったときは全然見向きもされていなかったのを思い出す。それが完売したんだから、それは嬉しいよね。


「本当に、よかったですね」


「えェ……。さてェ、片付けに移りましょうかァ!」


 雰囲気を切り替えてアレンさんが立ち上がる。私も最後の気合いを入れて布の端に向かった。


 といっても、敷いていた布を畳んで、売り上げをしまうだけなので、片付けはあっという間に終わる。私とアレンさんは露店終了の書類を書きにギルドの建物に向かった。


 アレンさんが書類を書いている間、私は後ろのちょっと離れたところで待っている。しばらくして、ひょいひょいと手招きをされて私はアレンさんのところに向かった。


「ちょうどこの建物にいますのでェ、エスターサンにお手伝い料をお支払いいたしますヨォ」


「あ、ありがとうございます」


 すっかり忘れてた。アレンさんの魔術道具を実演販売するのはなんだかんだ楽しくて、それだけで胸がいっぱいだ。


 売上合計とかいろいろ、木箱から取り出したそろばんを弾くアレンさん。じっと見守っていると、これまた木箱から出てきた紙とペンでアレンさんが計算結果を書き出してくれた。


「ジャーン」


 アレンさんが効果音を口に出しながら紙を見せてくる。私は目をみはった。


「え……こんなにくれるんですか?」


「えェ、かなり売り上げましたしィ、エスターサンにはこの一週間たくさん手伝っていただきましたからァ」


「楽しくてこんなにもらえるなんて、なんかお得すぎる気がします」


「……これはお互いにお得な話ですヨォ」


「……そういうもんですか?」


「そういうもんですヨォ」


 コンビを組んだときの会話をどちらからともなく思い出していた。私たちはふふっと笑いあう。


 アレンさんはそのままギルド口座を管理している窓口に向かう。アレンさんの口座に移した売り上げから、私の口座へ振り込んでくれるようだ。


 露店、楽しかったなあ。それでお金がもらえるなんて、本当にお得な話だ。




エスター財布:252ユール54セッタ

エスター口座:10,148ユール65セッタ

       →10,580ユール02セッタ

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