035 「標的球」

ウォーレン歴8年 向寒の月12日 朝




 今日はアレンさんの露店の4日目だ。売れ行きは上々だけど、今日を含めてあと3日で全部さばけるかはまだわからないといったところ。


「今日はもう少し実用的な魔術道具を宣伝してみましょうかァ」


「そうですね、だいぶ認知度も上がってきたし」


「実用的となるとォ……どれにしましょうかネェ……」


 アレンさんはぶつぶつ言いながら、いつもの木箱から次々魔術道具を出しては並べていく。


 この木箱自体も魔術道具で、ものを小さくしてしまっておけるからこんなにたくさん魔術道具が入っているわけなんだけど、欠点がひとつあって、ものの重さは小さくしてもそのままなのだ。


 アレンさんが細身のわりに筋肉質なのはそういうところに理由があるんだろうな。


「うむゥ、これにしまショウ!」


 アレンさんがひょいとひとつの魔術道具を拾い上げる。私は説明を聞こうとアレンさんの隣に移動した。




「アレンとエスターの魔術道具売り場、本日も開店ですヨォ!」


 露店の開始時刻になってアレンさんが声を上げると、お客さんたちが物珍しそうに寄ってきた。


 奇抜な魔術道具を実演販売していたおかげで、とりあえず面白いものが見られるという認識は広まっているみたいだ。それが売れるかどうかはまた別の問題だけど。


 でも今日の商品はきっと売れると思う。私もお世話になった魔術道具だもん。


「本日実演販売いたしますのはァ、『標的球』という魔術道具ですゥ」


 私は打ち合わせ通り、革でできたボールと杖のセットを手に取る。お客さんに見えるようにちょっと高めに持ち上げた。


「その名の通り、攻撃魔法の標的に最適なボールですゥ。使い方はご覧の通りィ、まずは杖でボールの飛ぶ範囲を決めますゥ。今回はこの区画の中にしましょうネェ」


 私は布を敷いてある露店の区画の四隅を杖でちょんちょんとつついて回る。ボールはまだ持ったままだ。


 お客さんの視線が集まるのは、やっぱり少し慣れなくて照れくさい。


「そしてボールに魔力を込めて手を放しますとォ、勝手に飛び回ってくれるのですネェ。持続時間は込める魔力の量で決まりますヨォ」


 私がボールから手を離すと、ひょいひょいとまるで生きているみたいにボールが区画の中を飛び回る。動いたり止まったり、上がったり下がったり。


 座っているアレンさんの頭にボールがぶつかって、どっと笑いが起こる一幕もあった。


 頭をさすりながら、アレンさんは商品の説明を続ける。


「『標的球』というからにはァ、攻撃魔法を当ててみないとどんなものかわかりませんよネェ?」


 私はこれも打ち合わせ通り、腰に下げている袋から「飛雷針」を取り出した。マンドラゴラに使った弱い電撃が出るほうのやつだ。


 これならうっかり外して人に当たっても、ちょっと痛いくらいですむはず。外さないように気をつけるに越したことはないけど。


 杖の先をくるくる回す。これにもお客さんの注目が集まる。


 ひょい、ひょい、と飛ぶボールに狙いを定めて――。


「それ!」


 パチッ。「飛雷針」から飛ばした電撃は見事「標的球」に命中して、「標的球」が一瞬赤く光った。


 おおー、と声が上がる。私はそのあとも何回か繰り返して電撃を当て続ける。それを背にしながらアレンさんが解説を始めた。


「ご覧のようにィ、攻撃が当たると『標的球』は赤く光りますゥ。それなりに強い防御魔法を組み込んでありますのでェ、お子様の攻撃魔法の練習から冒険者の方の訓練にまでェ、幅広く対応が可能ですヨォ」


「ちょっとやってみてもいいか?」


 ギルドで会ったことのある冒険者のお兄さんが人垣の前に出てくる。どうぞどうぞ、と私とアレンさんは同時に「標的球」を示した。


「んー、じゃあ【氷グラシェイ・塊】コンシェリス


 何気なく詠唱されたのはけっこう威力のある氷属性の攻撃魔法。飛んでいった氷の塊は見事「標的球」に命中して、砕け散って破片を飛び散らせた。


 ぴかっと赤く光っただけの「標的球」は、また何事もないかのようにひょいひょいと飛び回る。


「へー、こりゃすげえや。ちっと欲しいかも」


 感心したように呟いたお兄さんも、他のお客さんたちも、「標的球」のすごさをわかってくれたようだ。


 私はちょっと嬉しくなる。何を隠そう私自身も「火打石」とかの攻撃魔法の魔術道具の練習にはこれを使っていたのだ。


 アレンさんは両手を高く掲げて最後の説明を始める。


「こちら杖とボールのセット商品でェ、おひとつ20ユールと言いたいのですがァ、張り切って作りすぎてしまいましてェ」


 くすくすと笑いが起こる。アレンさんは明るい調子でその先を続けた。


「割引いたしましてェ、おひとつ15ユールでの販売となりますゥ。魔物に襲われる危険のない攻撃魔法の練習用に、いかがでショウ?」


 人垣がざわめく、さっきのお兄さんが真っ先に手を挙げた。


「買いだわ。こいつぁいいや」


「ありがとうございますゥ」


 それから他の冒険者の人やちょうど子供が学校に行っているという奥さんなんかが「標的球」を買ってくれて、「標的球」は無事完売した。


 しかも他の商品について質問してくれる人も続々出てきて、うん、これはいい調子かも。




エスター財布:277ユール02セッタ

エスター口座:10,148ユール65セッタ

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