034 実演販売
ウォーレン歴8年 向寒の月9日 朝
アレンさんが露店を開くことにした初日。今日は結構大粒の雨が降っている。
露店街の人たちはみんな自分や商品に【防水】をかけているので、ちょっとだけ人通りが少ないくらいで様子に大して変わりはない。
結局売り子をやることにした私とアレンさんは「浮遊傘」をさしてアレンさんの指定された区画に着いた。アレンさんがちょっと大きめの布の塊を私に差し出してくる。
「こういう時のために大きめの『浮遊傘』を用意してあるのですがァ、エスターサンにお願いしてもォ?」
「いいですよ」
アレンさんからその布、というか「浮遊傘」を受け取ると、ちょっとしてからばさっと音を立てて開いた。ちょうど露店のいち区画を覆ってくれるくらいの大きさで、私たちの頭上にふわりと浮かぶ。
その下に入って自分の「浮遊傘」をしまったアレンさんが、木箱から露店道具一式を取り出して準備を始めた。私も自分の「浮遊傘」をしまってそれを手伝う。
ひととおり準備ができたところで、私たちは周囲からの注目が集まっていることに気付く。
……まあ、ここだけでかい布がふわふわ浮いてるわけだから、目立つのは当然か。
「初日の印象付けにはちょうどいいかもしれませんネェ」
「あはは、そうですね」
笑いあいながら私はアレンさんから一本の木の枝を受け取る。実はこれも魔術道具だ。
手に持つとぽっと火が灯った木の枝をアレンさんに返すと、アレンさんはそれを道沿いに積んだ木の枝の上に乗せる。小さかった火が大きくなった。
アレンさんって実は火に関係する魔法、好きなんだろうか……。
思ったけど訊くのはやめておいた。それはさておき、もうかなり冷え込んでいる季節、焚き火を焚いている私たちのところに人が集まってくる。
「エスターちゃんにアレンくんじゃない。今日は露店なの?」
声をかけてくれたおばちゃんに私たちは頷く。アレンさんが両手を広げた。
「そうなのですゥ。今日は私の作った魔術道具を皆さんにもぜひ使っていただきたいと思いましてェ」
アレンさんが口上を始めたのに気付いて足を止めてくれる人たちが増える。アレンさんはちょっと緊張しているっぽいけど頑張って声を張り上げている。
「まずはコチラの焚き火ですがァ、これも魔術道具によるものなんですヨォ」
私は打ち合わせ通りに焚き火に手をかざす。あったかい。
そのままどんどん下に手を下ろしていって、火の中に手を突っ込んでしまうと、人垣からざわめきが漏れた。
さっき私が火をつけた枝は「不燃枝」とアレンさんが名前をつけていた。あったかいけどやけどはしない、ちょうどいい温度の焚き火をこしらえてくれる便利な枝だ。
「じゃーん」
私が火から手を引っこ抜いて、ちっともやけどをしていない手を前にかざすと、拍手が起こった。うん、いい調子。
「今エスターサンがやってくださったようにィ、コチラの魔術道具はやけどをしない火が作れるのですネェ。他にもまだまだございますからァ、温まりながら見ていきませんかァ?」
へえ、とか、おお、とか、声が聞こえる。一番前にいた小さな女の子が、アレンさんの右ひざの前あたりに置いてあった飴玉の籠に気が付いた。
「あめがある!」
「おォ、お嬢サン、お目が高いですネェ」
アレンさんに目配せされて、私は飴玉をふたつ取って手に握りこむ。ちょっとしてからひとつを女の子に差し出した。
「舐めてみる?」
「やったー!」
女の子は嬉しそうに飴玉を口に入れた。少し舐めてから首を傾げる。
「なんにもあじがしないよ?」
「ちょっと目をつぶって待っていてくださいネェ」
アレンさんの言葉に女の子は頷いて目を閉じる。私はもうひとつの飴玉をぽいっと口に入れた。そして後ろのほうのバスケットに隠してあったサンドイッチを手に取る。
しーっ、と他の人に黙っているように指で合図を送って、私はサンドイッチを一口かじった。
「……サンドイッチ! たまごの!」
女の子が声を上げて思わず目を開ける。私は飴玉を飲み込まないよう気をつけながらサンドイッチを飲み込んだ。
私が食べたのは今朝作った卵のサンドイッチ。女の子の言った通りだ。
「この飴玉は同時に魔力を込めたものが組になって、片方が食べたものの味がもう片方で再現できるのですゥ。料理の味見とかに使えますネェ」
へぇー、という声が上がる。女の子はきょとんとした顔をしていた。
「もう一回やってみる?」
「うん!」
女の子はまたぎゅっと目を閉じる。私はバスケットから今度はとある果物を取り出した。かじると、女の子が目をつぶったまま飛び上がった。
「すっぱーい!」
人垣からどっと笑いが起こる。私もすっぱさを耐えながら飲み込んだ。今かじったこれはそれはもうすっぱいので有名なラッカという果物だ。
ちょっといたずらが過ぎたかな? でもみんな楽しそうだから大丈夫かな。
「飴玉が溶けてなくなったら効果は終了ですヨォ」
「そろそろなくなっちゃう……」
女の子の残念そうな声に、私はちょっと嬉しくなる。女の子の近くまで行って目線を合わせた。
「楽しかった?」
「うん!」
「よかったですゥ」
アレンさんもほっとしたように頷く。
「面白いモン見せてもらった! 他にはどんなのがあるんだ?」
人垣から元気なお兄さんの声が聞こえて、私とアレンさんは顔を見合わせて微笑み合った。
つかみはバッチリ、かな。
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