032 1万ユール達成!

ウォーレン歴8年 爽秋の月31日 夕方




「それで、私のところにこれを持ってきたと」


「はい」


 カウンター越しに私とクラウドさんがやりとりする横で、アレンさんは興味深そうに店内に干してあったりする薬草を眺めている。


 そう、私が鑑定をお願いしたらいいんじゃないかと思ったのは、薬草商――というか薬全般を扱っているんだけど――のクラウドさんのお店だった。


 薬草商というからには植物に詳しいだろうという安直な考えだったけど、案外的外れでもなかったようだ。


 クラウドさんも面白そうにマンドラゴラの蜜の入った瓶を見つめている。


「たしかに、花の蜜を扱うこともあるから鑑定道具は一式あるよ」


「本当ですか!?」


「さすがにマンドラゴラなんて鑑定したことはないからどうなるかはわからないけどね」


「それはそうですよね……」


 お互い苦笑したところで、店内の観察に満足したらしいアレンさんが話に加わってくる。


「鑑定料はおいくらくらいでショウ?」


「そうだな……じゃあ、こういうのはどうだい」


 クラウドさんは蜜の入った瓶をとんとんと叩く。


「鑑定の結果、何の変哲もない蜜だった場合は普通に鑑定料をもらう。なにかしらの効能があった場合は、鑑定料を差し引いて私が買い取る。君たち、売るあてもないだろう?」


 私とアレンさんは顔を見合わせる。


 たしかに、アレンさんは露店権を持ってはいるけど普段は魔術道具を売っていたわけだし、その中にマンドラゴラの蜜があってもあまり注目されないかもしれない。


 一方のクラウドさんは似たようなものをたくさん売っているわけだ。お客さんの層も悪くない。


 もしこの蜜になにかいい効能があって、それが必要な人に行き渡るとしたら、クラウドさんのお店の方が向いている気がした。


 アレンさんも同じようなことを思ったのだろう。無言で頷きあって、私たちはクラウドさんに向き直る。


「じゃあ、お言葉に甘えてそれでお願いします」


「ああ。エスターの頼みならそのくらい構わないさ。私の店の商品もひとつ増えることになるしね」


 じゃあ鑑定してくるよ、と言って、クラウドさんは蜜の入った瓶を持って店の奥に引っ込んでいく。私たちはそわそわとそれを見送った。


「こういうのってどうやって鑑定するんですか?」


「鑑定の詠唱魔法もありますしィ、私のモノクルのような魔術道具を使う場合もありますネェ。道具が一式、とおっしゃっていたのでェ、たぶん魔術道具の『鑑定試験管』とかを使うのでショウ」


「しけんかん?」


「薄いガラスを細長く伸ばした底のある筒状の道具ですネェ。少量の液体を扱うときに便利なのデス」


「へえ……」


 とかなんとかとりとめのない話をしているうちに時間が過ぎて、足早にクラウドさんが戻ってくる。


 いつも冷静なクラウドさんだけど、なんだかちょっと興奮して見える気がしなくもない。


「鑑定が終わったよ」


「どうでしたか?」


 クラウドさんは、珍しく嬉しそうに笑みを浮かべた。満足げに瓶をカウンターに置く。


「まず、この蜜には少しだが魔力を回復する効能があった」


「おォ」


 アレンさんが声を上げる。私も思わず目を瞬かせていた。


「それだけじゃない。簡単な怪我ならこれを塗ることで出血を抑えることができるんだ」


「すごい……!」


 まさかそこまですごい蜜だとは思わなかった。私はアレンさんと顔を見合わせる。思わず表情が緩んだ。


「これはぜひ買い取らせてほしいね。そうだな……この量なら鑑定料を差し引いて210ユールといったところか」


「そんなに!?」


「ああ、その価値があるよ。私もそれなりに工夫して売るから決して損はしない。安心していいよ」


 それからクラウドさんは私たちが報酬を折半しているのを知っているのか、きっかり105ユールずつ私たちに渡してくれた。


 お財布にしまって、私とアレンさんはクラウドさんに頭を下げる。


「ありがとうございました」


「こちらこそ」


 いつになく嬉しそうなクラウドさんの店を後にして、私はそわそわする気持ちが抑えきれなかった。アレンさんが小さく笑う。


「ギルド口座に入金するのでショウ?」


「はい!」


 貯金もだいぶ貯まってきて、そろそろ目標にしていた1万ユールに到達しそうなのだ。


 私は早足になるのを抑えきれないまま、アレンさんと一緒にギルドの建物に向かった。


 口座の管理をしている窓口に行って、さっきの105ユールの入金を依頼する。


 手続きが終わって、私は思わず係員のお兄さんに声をかけていた。


「あの……合計何ユールになりましたか?」


 紙幣を数え直していたお兄さんが手を止めてそろばんを弾いてくれる。


「1万と92ユール65セッタです」


 私は思わず後ろにいたアレンさんを振り返った。アレンさんも薄い唇を優しく笑みの形に緩めている。


「やりました、アレンさん!」


「よかったですネェ」


「はい!」


 王都のお医者さんに診てもらうのに必要な金額、1万ユール。とうとう貯まった……!




エスター財布:52ユール30セッタ

エスター口座:9,987ユール65セッタ

       →10,092ユール65セッタ

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