030 「飛雷針」

ウォーレン歴8年 爽秋の月30日 朝




 2日後。アレンさんが作った魔術道具を持って、私たちは森に向かった。事前に約束しておいたから、モーラも森の入り口あたりで待っていてくれるはずだ。


『おお、来たな』


「おはようございますゥ」


「おはようございます」


 私たちが挨拶すると、うむ、とモーラは嬉しそうに頷いて、くるりと体の向きを変える。


『では、ゆくぞ』


「はーい」


 前回と同じように、最初は道を通って、途中から道なき道……獣道? を通って、マンドラゴラの花畑へ向かう。


 これ、毎回モーラに案内してもらわないとだめかも。といっても、雪が降る季節も近いから、今年のうちにあと何回来るかわからないけど。


 そしてしばらく歩いたところで、赤紫色の花たちがゆうらり揺れる花畑に到着した。


『さあ、思う存分蜜を採るとよい』


 モーラが私たちに向けて両手を広げる。アレンさんが、いつもの木箱からまずはモノクルを取り出した。


「その前にィ、少しこのマンドラゴラをためしに調べてみてもいいですかァ?」


『毒はなかったであろう?』


「そうですがァ、商品にするからには一応必要かとォ」


『そういうものか、わかった』


 アレンさんがモノクルを装着する。このモノクルはただのモノクルじゃなくて、「鑑定モノクル」といって見たものの性質とかを知ることができる魔術道具らしい。


 だいぶ前だけどニセモノの扇をつかまされそうになったときに即座に見抜けたのも、これが魔術道具だったおかげもあるんだろうな。


 アレンさんがマンドラゴラを刺激しないようにそっと近付く。静かにしゃがんで、じっとマンドラゴラの花を見つめた。


 しばらくの沈黙ののち、アレンさんがため息をついた。


「毒がないくらいしかわかりませんネェ……」


 私とモーラは顔を見合わせる。アレンさんはモノクルを外しながらこっちに来た。


「私の『鑑定モノクル』はどちらかというと生きていないもの向けに回路が組んであるのですネェ。できるかと思ったのですがやはり難しかったようですゥ」


 ちょっとしょんぼりした様子でアレンさんが説明してくれた内容に、なるほど、と思う。宝石の鑑定士さんには陶器の良し悪しがわからないとか、たぶんそんな感じだ。


「じゃあ採った後に町の誰かに鑑定してもらいましょうよ」


「そうしましょうかァ」


 一応花の蜜だからお菓子屋さんとかに持って行けばいいんだろうか。それとも魔物を加工する装備屋さんあたり?


 まあ、そのへんはあとで考えよう。アレンさんが木箱にモノクルをしまって、代わりに杖に似た金属の棒を取り出した。


『それがまじゅつどうぐというやつか?』


「そうですゥ。電撃を飛ばすので『飛雷針』とかどうでショウ」


『面白そうだな』


 モーラは魔術道具……「飛雷針」に興味津々だ。私はアレンさんからそれを受け取った。


「これはどう使うんですか?」


「まず細くなっているほうを上に向けてクルクル回しますゥ」


 言われたように持って、空気をかき混ぜるようにくるくる軽く回してみる。先のほうに、こぶしくらいの大きさの黒い雲がもくもくできあがった。


 すごい、小さい雷雲だ。なんだかおもしろい。


「そしてェ、当てたい方向に先を向けたら小さい雷が落ちますヨォ」


「やってみますね!」


 とりあえず近くのマンドラゴラの花に先っぽを向ける。もこもこしていた雷雲からバリッと音を立てて電撃が飛んだ。


 ……まではよかったんだけど。


 電撃の威力が強すぎたのか、マンドラゴラの花が燃え上がってしまった。土の中からとんでもない悲鳴がくぐもって聞こえてくる。


 私とアレンさんが耳をふさぐ中、さすがというかモーラが両手に大きな水の球を作りだして、あっという間に鎮火させてしまった。


『なぜ燃やすのだ!』


 私たちが耳から手を離すと、モーラは怒って顔をしかめてこっちを向いた。アレンさんが情けない声を上げる。


「威力の調節を間違えてしまったみたいですゥ……わざとじゃないんですヨォ……!」


 アレンさんが私用の魔術道具を作ったけどうまくいかないっていうことはあるかないかでいうとたまにあることだ。それでも最後はちゃんと使えるものに作り直してくれる。


「こういうこともあるんです、モーラ。次はちゃんとするので。ね、アレンさん?」


「もちろんですゥ……」


『約束だぞ? われにはヌシとしてこの森の生態系を守る義務がある』


 それにしてはとんでもない森林火災起こしてた気がするけど……そのときはまだ正式にヌシじゃなかったから別換算なのかな。


 とりあえず、今日はもう帰ってアレンさんが「飛雷針」の改良をして明日またここに来るということで待ち合わせの約束をして、私たちは森の出口まで一緒に歩いた。




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