028 その名はモーラ!

ウォーレン歴8年 清涼の月18日 昼




 目を細めたレイニードラゴンは膝を折って地に伏せる。視線がこれでもかと近くなった。圧が強い。


『ふむ、魔力が大きいのはそこのおなごか』


 頭に響く声に話しかけられたらしいので、とりあえず私は頷く。ドラゴンがこんなふうに喋るなんて知らなかった。


『捕らえられてしまったからには仕方がない。おなごよ、われを好きにするとよい』


 意外とあっさりいうことを聞いてくれそうな雰囲気。私は気を引き締めてドラゴンに向き直った。


「えっと……じゃあお願いなんですけど」


『うむ』


「人の入るところをあまりうろうろしないでほしいんです」


『ほう?』


「みんなあなたのことが怖くて森に入れなくなっちゃって、困ってます」


『……自由に歩き回っては悪いのか?』


「う、うーん……」


 森に住んでいるのに自由に歩き回れないのはたしかにちょっと可哀想かもしれない。でも困ってるのも事実だし……。


 私が詰まったところで、アレンさんがあのォ、と助け舟を出してくれた。


「ドラゴンサン? が森にいらっしゃるようになったのは最近のことですよネェ? それ以前はどうやって生活していたんですかァ?」


『モーラと呼ぶがよい。われがこの森に来たのは今年のまだ暑い頃のことだったからな。それ以前といえば別の場所で母上と暮らしておった』


 暑い頃っていうと本当につい最近だ。目撃情報が出始めたのもだいたい時期が一致する。


「それではモーラはこの森については初心者なのですネェ?」


『ふむ。そうかもしれぬ』


「この森は人もけっこう使うのデス。人と遭遇するとなにかと面倒でショウ? 日中に人のいるあたりを避けるだけでいいのでェ、ご協力していただけませんかァ?」


『まあ、人は逃げていくばかりだが。人もこの森の一員だというなら無駄に怖がらせるのはわれの本意ではないな』


「それじゃあ……!」


 ドラゴン――モーラの言葉に私が身を乗り出すと、ふ、とモーラが鼻から息を吐き出した。


『避けるべき場所を案内してくれれば、考えてもよい』


「もちろん!」


 というわけで、私とアレンさんは後ろにモーラの巨体を従えて森の中を歩き回ることになった。


 まず、クラウドさんがよく使う薬草の群生地。


「そういえばここでマッドワームに襲われたっけ……」


『マッドワームとはあのミミズ野郎のことか?』


「ミミズ野郎……」


 私とアレンさんが苦笑すると、モーラがふん、と鼻息を荒くした。


『あいつとは森のヌシの座をかけて闘ったぞ。まあ軽くひねってやったがな』


「…………」


 あのうねうねマッドワーム、森のヌシだったんだ……。


 次に、火事になって焼けたあたり。


『このあたりは人が入るのか?』


「焼けちゃったし今はそんなに入らないと思います」


『そうか。……そういえば前にここで強い魔力を感じたな。われが落とした雷でついた火がみるみるうちに消えていった』


「えっ、あの火事、モーラが起こしたんですか?」


『大きな魔物の決闘なんてそんなものだぞ。もちろん消すつもりではおった』


「はあ……」


 たしかにあの日は雨が降って雷が鳴って……。なるほどレイニードラゴンの魔法と言われれば納得がいく。


 そのあともよく人が入るところを夕方になるまで案内して回った。最後にはじめの草地に戻ると、モーラがふむ、とうなる。


『だいたい人が入るところというのは道が通っているのだな。開けた場所に出るのは気をつけることにしよう』


「よろしくお願いします」


『うむ』


 ふう、と息をついたところで、アレンさんがちょんちょんと私の肩を叩いた。


「エスターサン、思ったのですがァ」


「はい?」


「火事の原因、報告したほうがいいですよネェ」


「……たしかに」


『どうした?』


 モーラが首を傾げる。私たちはちょうど町に火事の調査に来た人たちがいることを説明した。


『ふむ……それではわれが説明がてら森の案内をしよう。ついでに他にも入らないほうがいい場所があれば教えてもらえばなおよい』


「へ?」


『われを町に連れて行くとよい』


 いやその巨体で町に行ったら大騒ぎになる……と言いかけたところで、モーラの体が光に包まれる。


 光が収まったと思ったら、10歳くらいの見た目の青い髪の男の子が佇んでいた。え?


『これなら町に行ってもよかろう?』


「ええ、モーラ!?」


『うむ』


 よく見ると耳がちょっととがっていたり、金色の瞳がドラゴンのかたちのままだったり、長い髪の先の方が緑色にグラデーションになっていたり、面影がないことはない。でも服までしっかり着ているのはどういう魔法なんだろうか。


 私たちはおっかなびっくり、モーラを連れて町に向かった。閉門ギリギリに滑り込んだおかげか、見知らぬ男の子について問い詰められることはなかった。


 ギルドの建物に入って、受付のひとに森林火災の原因がわかったからギルド長と地理院の人にどうしても会いたいとお願いする。怪訝な目をしつつも奥に入っていってくれて、しばらくするとギルド長が出てきた。


「エスターか。森林火災の原因がわかったって?」


『うむ。簡単に言うとわれのせいである』


 私の横から直球を投げつけたモーラの声に、ギルド長はたぶん二重の意味で固まった。


 それから奥の部屋に通された私たちは今日の色々な事情を説明して、モーラの言う通り火事の範囲と人間の活動領域をお互い案内しあうことで話がまとまった。


 森のヌシのドラゴンを捕まえちゃった私たちには、森林火災の原因がわかったこととドラゴンの脅威を退けたということで後日お礼の報酬が振り込まれることになった。


 夜、アレンさんの部屋に集まってひと息ついたところで、私はふとあることに気がついた。


「そういえばモーラ、あの縄はどこにいったんですか?」


 そう、今は人の姿に変身しているモーラの首には、なにもついていないのだ。


『む、あれか? 森を案内されている途中でほどけてどこかへ落ちてしまったぞ』


「では今は【魔術拘束】が効いていない状態ってことですかァ……?」


 アレンさんが死にそうな声を出したのを聞いて、モーラはふん、とそっぽを向いた。


『当然だ。効いていたらこの姿に変身もできなかったぞ。それにあんな支配を受けるのは好かぬ、われは一度した約束は守るドラゴンだ』


 ……よくわかんないけど、モーラが律儀なドラゴンでよかったってことは、わかった。




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