027 「捕獲縄」
ウォーレン歴8年 清涼の月18日 日中
3日かけてアレンさんが作った魔術道具を持って、私たちは森へ向かっていた。
「アレンさん……本当にやるんですか?」
「ドラゴンにうろうろされては困りますしィ、やって損はないですヨォ」
「そうですけど……」
私は手に持った大きな投げ縄の形の魔術道具、「捕獲縄」を揺らす。これが【魔術拘束】の魔術道具版だ。
ドラゴンの首にこれをひっかければいい、ってアレンさんは得意げに言ってたけど、正直うまくいく気がしない。だって怖いもん。
まあドラゴンにうろうろされると困るのはその通りだ。でもやっぱりため息がこぼれた。
そうこうしているうちに森に着いて、いちばんドラゴンの目撃情報の多い森の奥に向かう。むやみに探し回っても疲れるだけだから、待ち伏せをしようという作戦だ。
「魔力探知球」を使って茂みから襲ってくる魔物を察知して、「火打石」で撃退しながら進む。扱いにもすっかり慣れたものだ。
着いたのは、クラウドさんがよく使っている薬草の群生地とはまた別の、そこだけぽかぽかと陽の射し込む草地だった。ドラゴンはこんなところで何を……ひなたぼっこでもするんだろうか。
草地を囲む茂みに申し訳程度に隠れて、私たちは今日の作戦を確認する。
「ドラゴンが来たら、まずアレンさんが気を引くんですよね」
「えェ。そして隙をついてエスターサンがドラゴンにその縄をかけマス」
「で、縄をかけたら魔法が発動するから、人通りのあるところに近づかないように命令すると」
「ドラゴンは人語を解するという噂ですしィ、きっとうまくいきますヨォ」
うまくいくといいけど、と思ったところで、アレンさんが「捕獲縄」を完成させたときに言っていた言葉を思い出した。
「そういえばなんか失敗できないみたいなこと言ってませんでしたっけ?」
「縄がかすりもしなかった場合はやり直しがきくのですがァ、対象に縄が触れると捕まえてなくても魔法が発動してしまうのデス。【魔術拘束】は強力でェ、しかもドラゴン用に出力を調節してありますからァ、エスターサンでも1回が限界ですネェ」
「うわぁ……そんなとんでもないんだ……」
うまくいくと……いいけど……。
魔力の使いすぎでうっかり気絶したときのために「魔力瓶」にポーションを溜めておいて、私たちは息を潜めてドラゴンを待つ。
じりじりと長い時間待って、太陽がてっぺんに昇った頃。ドシンドシンと大きな足音が近づいてきた。私たちははっとして「魔力探知球」を覗き込む。
黄色と青の混ざった大きな光の点。間違いない、レイニードラゴンだ。
ばくばくいいだした心臓をなだめながら、足音のする方をじっと見つめる。隣でアレンさんも同じ方向を凝視していた。
そして、木々の間を器用にすり抜けて、緑色の巨体が姿を現す。
で、でたー! レイニードラゴンだ!
アレンさんに聞いた話によると、レイニードラゴンは生まれた頃は黄色くて、だんだん成長するにしたがって青みが増えて、最後には真っ青になるらしい。つまり緑色の今は、その中間くらいなわけだ。
アレンさんが茂みから出る。小さな横笛を口に当てながらドラゴンの方にそろそろと近づいていく。
あれは人間には聞こえないけど魔物には聞こえる音が出る笛らしい。なんにも聞こえないけど、ドラゴンが動きを止めてきょろきょろしたあと、アレンさんの方を見た。
アレンさんって物知りだし変な道具いっぱい持ってるし、やっぱり不思議な人だ。
……とかしみじみしている場合ではない。私も「捕獲縄」を持ってそっと茂みを出た。
一生懸命笛を吹いているアレンさん。ドラゴンはもっとよく聴きたいのか、アレンさんに近づいて首を下に下げ始める。
怖いけど……この距離感ならいけるかも!
ドラゴンを刺激しないようにゆっくりアレンさんの後ろから近づいて、私はタイミングを待つ。
もうこっちに息がかかりそうなくらいドラゴンの顔が近づいていて、ふと、ドラゴンが音にうっとりしたように目を閉じた。
……今だ!
私はアレンさんの後ろから飛び出して、「捕獲縄」の輪っかになっているところをドラゴンの首めがけて投げた。
ドラゴンが近づいてくれていたおかげで、「捕獲縄」は意外なくらいするっと首まで通る。
その瞬間、バチバチと火花が散った。ドラゴンが嫌がるように首を振る。私もぶんぶん振り回された。
でもここで手を離したら魔法が失敗してしまう。私は必死に「捕獲縄」の持ち手にしがみついた。
もう無理かも、そう思ったとき、火花が収まってドラゴンの動きも止まる。
「エスターサン、成功ですヨォ」
アレンさんの言葉を聞いて、私はひりひりする手をそっと縄から離した。ドラゴンの金色の目がじっと私を見ている。その目には威圧する気配はない。
「え、えっと」
私がまごついていると、ぐるる、とドラゴンが喉を鳴らした。
『われを捕らえるとは尋常の人間ではないな』
聞こえた、というより頭に響いたその声に、私とアレンさんはそろって目を見開いた。
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