第三章 採集の秋
025 【雨竜】出現
ウォーレン歴8年 清涼の月14日 日中
「あったよー!」
「こっちにもある!」
「こらこらあんたたち、落ち着きなさいったら」
今日の私とアレンさんは、森の入り口のあたりにある木の実を採りたいという親子に同行していた。
森の入り口くらいまでなら護衛なんて普段はいらないんだけど、ここひと月くらい物騒な噂が絶えない。
噂というのは森で
今回の親子3人は毎年秋口になるとここに木の実を採りに来ているけど、今年は危ないかもしれない、ということで、慣れないながら依頼を出したらしい。
「護衛といっても、私たちにもさすがにドラゴンは手に負えなさそうですよネェ」
親子が連携して長い竿を使って手慣れた様子で熟れた木の実を落としていくのを見ながら、アレンさんが呟く。私は隣で頷いた。
「見たこともないし無理そうですよね……逃げるしかなさそうです」
一応今のところ「魔力探知球」に目立った反応はない。このまま何事もなく終わるといいんだけど。
「おねーちゃんもやる?」
「へっ?」
たったっと大きいほうの女の子が竿を持って駆け寄ってくる。ずいっと差し出されて私は目を瞬かせてしまった。
「やってみたらいかがですかァ?」
「え!?」
アレンさんまでそんなことを言うし。アレンさんの方を向いたら、アレンさんは「魔力探知球」を持ってもう片方の手をひらひら振っていた。
「見張りは私がやっておきますのでェ」
「ええ??」
女の子は嬉しそうに私の手を引っ張る。私は流されるままに木の実採取部隊に加わることになった。
長い竿の先は小さな二股になっていて、それを木の実の付け根に当ててねじると木の実が採れる……らしいんだけど。
「む、難しい……!」
長くてしなるからまずなかなか狙ったところに当たらないし、当たった衝撃で木の実に傷がついたりするし、ねじってるはずなのに落ちてこなかったりする。
「あはは、おねーちゃんへたっぴー」
「これを毎年あんなにひょいひょいやってるのはすごいよ……」
肩を落として女の子に竿を返すと、落とした木の実を拾っていた奥さんが苦笑した。
「すみませんね、うちの娘が」
「いえいえ、楽しかったですし」
「ええ、楽しいし美味しいんですよ。……来年も来られたらいいのだけど……」
「…………」
奥さんが心配してるのはドラゴンのことだろう。今はまだ襲われた人はいないけど、追いかけられそうになったという話ならある。
今後あんまり派手にドラゴンが活動するようなら、うかつに森に入れなくなってしまう。そしたら子連れで木の実採りなんてもってのほかだ。
そんなことを考えていたら、少し離れたところからばきばきめりめり、と大きな音が聞こえた。ハッとして私は顔を上げる。
「お子さんたちを呼んでください!」
「はい!」
奥さんが緊迫した顔で返事をしたのと同時に、私はアレンさんのほうへ走った。「魔力探知球」をのぞき込むアレンさんの口元が引きつっている。
「アレンさん、『魔力探知球』はどうですか」
「ご覧の通りデス」
見せてもらった「魔力探知球」には、さっき音がした方角に黄色と青の混ざった大きな光の印がともっていた。
「色が混ざってる?」
「最近噂になっているドラゴンは水と雷の属性をもつ
「なるほど。っていうかすごい速さで近付いてきてませんか!?」
「えェ。ここは急いで逃げ――」
さっきからうるさかったべきべきという木が折れる音が会話を邪魔するくらい大きくなって、どすん、と私たちの後ろに木が倒れてきた。
おそるおそる振り返ると、太陽の光をさえぎる青い頭部に金色の目が光り、緑色のてらてら光を反射する胴体をもった、間違いなく噂のレイニードラゴンが、そこにいた。
少し離れたところにいる女の子たちと奥さんが息をのんだのがわかった。私とアレンさんはドラゴンを刺激しないようにゆっくり3人のところへ下がる。
ドラゴンの目がじいっと私たちの動きをたどっているのがわかる。こ、怖い……!
正直逃げ出したいけど、逃げても追いかけられそうだからなんとか耐えられている感じ。威圧感がすごい。
引き伸ばしたみたいな長く感じられる時間をかけて3人と合流したところで、ふと、ドラゴンの目が私たちの後ろにある木――たぶんその木の実――のほうに動いた。
「逃げますヨォォ!」
大きいほうの女の子を抱えたアレンさんの声を合図に、私はもうひとりの女の子を抱えた奥さんの手を引いて走り出した。
後ろを見ると、木の実と私たちを見比べたドラゴンが迷うように地団駄を踏んでいるところだった。
追いかけてきませんように……!
ひとつ祈るように思ってから、そのあとはとにかく走ることに集中した。
森からそこそこ離れたところまで全力で走って、私たちは息も絶え絶えに立ち止まる。
まだ暑さの残るこの時期、こんなに走らされるのはかなりきつい。汗をぬぐいながら私は後ろを振り返った。
「逃げ切りましたね……?」
「ですネェ……」
レイニードラゴンは森の外では目撃されたことがない。だからたぶんここまでくれば安全なはずだ。
「ドラゴン、ほんとにいた……」
「こわかった……」
地面に降りた女の子たちはお母さんにくっついている。ふたりの頭を撫でながら、奥さんは私たちにぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いえいえ。とりあえず無事に逃げ切れてよかったです」
「はい……」
帰り道を歩きながら、考えるのはドラゴンのこと。なんで急に森の中に現れるようになったんだろう?
……そういえば、ギルド構成員がドラゴンを見た場合は報告書を書かないといけないんだっけ。大変そうだ。
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