023 「温度反転布」
ウォーレン歴8年 残炎の月2日 昼
アレンさんと町に駆け戻って、手芸店に向かう。心配そうにそわそわとしていた店のおじさんは、消火に使うと言うと気前よくいちばん大きな布地をひと巻き渡してくれた。
ふたりがかりで布を持ってまた森まで走る。けっこうキツくなってきた私のペースに合わせてもらっているのがちょっと申し訳ないけど、今はとにかく頑張るしかない。
テントまで戻って、アレンさんはギルド長のところへ向かう。私は布を抱えて後ろについていった。
「あのォ、ひとつ案があるのですがァ」
「ああ、あんたか。どんな案だ?」
消火の状況を見守りながら難しい顔をしていたギルド長は、疲れた表情でアレンさんに向き直る。アレンさんは私の抱えている布を示した。
「今からこの布を魔術道具に変えますゥ。人肌の温度を基準にして、それより冷たければ冷たいほど熱を発し、熱ければ熱いほど冷気を発する、そういう布デス。もちろん魔力を込めなければ発動しませんがァ」
「ほう?」
「魔術道具を作るのと魔力を込めるのは我々がやりますのでェ、
「かぶせればいいんだな?」
「はいィ。防火処理もしておきますしィ、火が強いほど効き目はあると思いますヨォ」
ギルド長は少し考えようとしてやめたようだった。アレンさんの魔術道具は奇抜なのが多いから、予測がつかないだけ考えても無駄なところがあるのだ。
「わかった。頼みは聞いたぞ。正直他に打つ手も少ないしな」
「ありがとうございますゥ」
ぺこりと頭を下げて、アレンさんはテントを出る。私もギルド長に会釈して後を追った。
広いところで作業するのかと思いきや、テントからほんのちょっとしか離れていない狭いところで、アレンさんは地面にがりがりと図形を描きだした。魔術道具の回路というやつだろう。
「アレンさん、さっき言ってた『何が起こっても』ってどういう意味ですか?」
「あァ……そのままの意味なのですがァ。あ、エスターサンは私がこの布を魔術道具に変えたら布を手に持ってくださいネェ」
「持つだけでいいんですか?」
「エスターサンの場合はそうですネェ。ただし何が起こっても、ですヨォ」
「……?」
私はいまいち意味がわからずに首を傾げる。アレンさんはそれきり回路を描くのに没頭してしまったので、私はそのすぐ近くに布を広げられるぶんだけ広げて作業が終わるのを待った。
アレンさんが図形を描く手を止めて、木箱の引き出しを開ける。取り出した金属製の杖はいつもアレンさんが魔術道具を作るときのお決まりの道具だ。
ふう、とひとつ深呼吸して、アレンさんは地面の図形を杖でなぞっていく。光の線が浮き上がってきて、アレンさんはゆっくりしかし確実に全部の線をなぞり終わる。
私はそこで、アレンさんの顔色がだいぶ悪いことに気付いた。
「アレンさん?」
「魔術道具は作るときがいちばん魔力を使うのですネェ……それッ」
青い顔のアレンさんが布を杖でとんっとつつくと、光が全部布に吸い込まれていって――バターンと思いっきりアレンさんが倒れた。
「アレンさん!?」
「…………」
……アレンさんの魔力の底が見える……。完全に魔力の使いすぎの気絶だ。
救護班のところに運ぼうか迷ったけど、たぶんこうなることを見越して「何が起こっても」と言っていたんだから、まずは布を持つのが私のすることだ。たぶん。
「持つだけでいいのかな……。魔力を込めるとかなんとか言ってなかったっけ、」
独り言を言いながら布を手に取った、その瞬間。
「ふぁ……?」
体がなぜかふわっと軽くなったような感覚がして、視界が暗転した。
意識が戻ると、私は煙のにおいがする救護班の簡易ベッドの上にいた。記憶が繋がらなくて、しばらく横になったまま瞬きをする。
「おや、目が覚めたね」
声がした方に顔を向けると、たくさんの薬瓶を鞄から出しているクラウドさんが目に入った。……ていうかめまいがすごい。首から上しか動かしてないのに頭がぐわんぐわんする。
「なにやら大変そうだから薬を持ってきてみたら、君と相棒君がそろって魔力の使いすぎで倒れたっていうじゃないか。少し笑ってしまったよ」
「えっと……?」
「まあこれを飲みなさい」
苦笑したクラウドさんから当然のように渡されたのは、ポーション。たしかに言われてみればこのめまいは春に「火打石」で気絶したときのと似てる。
「……いただきます」
ゆっくり体を少し起こしてポーションを飲むと、めまいがすうっとひいていく。す、すごい。効果てきめんだ。
ていうかポーション飲んだの初めてかも。思ったより味がしない。強いて言うならちょっとだけ涼やかな後味かな。
……じゃなくて、火事は!?
がばっと起き上がったらまだ少しめまいがしたけど、小瓶のポーションを飲み干したらなんとか治る。急いでベッドから下りて、私は救護テントを出た。
「あァ、エスターサン。目が覚めたんですネェ」
「アレンさん、火事は!?」
「アチラをご覧くだサイ」
救護テントのすぐ近くに立っていたアレンさんに促されるまま視線を森の奥へ向けると、火の勢いがほとんど収まっているところだった。
ふわふわと木々の上をアレンさんが作った布が飛んでいくのは、たぶん魔法士の人が風魔法かなにかを使っているんだろう。
布をかぶせられると火があっという間に弱まって、それを繰り返してどんどん鎮火に近付いているのがわかった。
「すごい……」
「エスターサンの魔力あっての結果ですヨォ。無茶をさせてしまってすみませんでしたァ」
「無茶っていうか……何が起こったかいまいちわかってませんけど」
「アハハ」
アレンさんは苦笑する。ふたりで火が消えていくのを見守っていたら、ギルド長がこっちに近付いてきた。
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