021 礼拝中の天災

ウォーレン歴8年 残炎の月2日 朝




 巨大マッドワームを追い払った週の週末。今日は祈りの日で、朝焼けが消えた頃教会の鐘が鳴る。


 最近は明るくてやりやすくなった広報配達の仕事を終わらせた私は、聞き慣れた鐘の音を合図に部屋を出た。


 早朝はそうでもなかったのに、今はなんだか雲が多い。それも、雨をたっぷり降らせそうな黒い雲が迫ってきている。


「おはようございますゥ、エスターサン」


「アレンさん。おはようございます」


 集合住宅の前でアレンさんと遭遇して、そのまま一緒に教会へ歩く。


 町の人たちもぞろぞろと教会へ向かっていた。特に信仰深いわけでなくても、礼拝はほとんど生活習慣の一部だ。


「お、こりゃ畑に水がくるかな」


「最近カンカン照りばっかだったもんなあ」 


 雨雲を見た町の人たちは、最近暑い晴れの日が続いていたこともあってわりと嬉しそうな様子だ。


 小さい子が外遊びができないと不満顔なのは見てて可愛い。


 そうこうしているうちに教会に着いて、適当な席を確保する。みっちり席が埋まったところでパイプオルガンの演奏が始まって、礼拝堂の中は荘厳な空気に包まれた。


 賛美歌を歌って、司祭さんの説教が始まって。いつも通り進むかに思えた礼拝は、本格的に暗くなった空がパッと光って動揺に包まれた。


 遅れてゴロゴロと低い音が響く。小さい子が泣き出したり怖がる声を上げたり、何人か外の様子を気にするように首を巡らせている人もいる。


「まだ遠かったですが大きいですネェ」


「ですね……」


 隣にいたアレンさんとそんなやりとりを小声でしてしまう。


「お静かに。雷も神の思し召すままですよ」


 司祭さんの声で一応ざわめきは少し小さくなって、説教が再開される。


 そのあとも何度か雷が落ちて、どうにも落ち着かないままお祈りをして、賛美歌。パイプオルガンの音が雷のせいで普段より小さく聞こえた。


 最後に献金箱を席順に回して、それぞれ神の恵みに感謝しているぶんだけのお金を入れて解散になる。


「いつも思ってましたがァ、エスターサンってけっこう信仰熱心ですよネェ?」


 さっきまでのぴりっとした空気とは違うのんびりした雰囲気の中、献金箱を待っていたらアレンさんがそんなことを言った。


「そうですか?」


「献金額もどちらかといえば多めですしィ」


「あー、それは昔『一生懸命信仰してたくさん献金したら神様がお願いを叶えてくれるんじゃないか』とかとんちんかんなこと考えてたので……そのクセが抜けてないんです」


 実際の教義としてはそういう対価を払ったからって願いが叶うかどうかには関係ないから、まあ子供の浅知恵みたいなものだ。


「お願いというとやはり詠唱魔法ですかァ」


「まあ、そうですね」


 私たちは顔を見合わせて苦笑しあう。ちょうど献金箱が回ってきた。


 私は財布を出して献金をしようと――。


 礼拝堂を一瞬白く染めるくらいの強い光と、ほぼ同時に鳴る轟音。


 至近距離に落ちた雷に驚いて、私は思わず硬貨を落としてしまう。アレンさんが転がっていきそうになったそれを拾ってくれた。


「あ、ありがとうございます」


「近かったですネェ?」


「はい……」


 改めて献金をして、アレンさんも硬貨を箱に入れて、次の人に回す。財布や賛美歌集なんかを荷物にしまって立ち上がった。


 教会から出ると霧雨が降りしきっていた。雷はまだ頻繁に鳴り続けている。


「うーむゥ……。『浮遊傘』より普通に【防水】をしたほうが濡れなさそうですネェ?」


 アレンさんがあごに指をかけてうなった。霧雨は風に乗って屋根の下まで吹き込んでくる。


 「浮遊傘」はアレンさんの魔術道具で、小さく畳まれた円形の布だ。手のひらに乗せると広がって頭の上に浮かんで雨を弾いてくれる。


 【防水】は詠唱魔法で、まあその名の通り体に水がつくのを弾いてくれる魔法だ。


「食堂までそんなに歩かないですし『浮遊傘』でなんとかなりますよ」


「そうですかァ……?」


 アレンさんは魔力量が少ないからか日常的な魔法でも詠唱魔法をめったに使わない。それなのに私のぶんまでかけてもらうのは申し訳なさすぎる。


 私はウエストポーチから「浮遊傘」を取り出して手のひらに乗せた。少し待つとふわっと広がって頭の上に浮かぶ。


 うん、少なくとも全身びしょ濡れは防げそう。


 隣でアレンさんも「浮遊傘」を広げた。二人並んで歩き出す。普通に【防水】をかけている町の人たちは私たちをちょっと不思議そうな目で見た。


 まあ、アレンさんの魔術道具が珍しがられるのは今に始まったことじゃないけど。


 そんなわけで少し服がしっとりした状態で私たちは食堂に入る。朝食はこれからだ。


 いつもの朝食を注文してお金を払って受け取り、席に着いたところで、食堂の扉が派手に開いた。


 全力で走ってきたのか肩を大きく揺らして息を整えていたその人が、食堂じゅうに聞こえる声で叫んだ。


「森が……火事だ!」




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