019 「投種器」

ウォーレン歴8年 仲夏の月28日 昼




「とりあえずふたりはもう少し下がって」


 ヴィックさんが私とクラウドさんをかばうように立って短く告げる。スレイドくんもこちらをちらりと見て頷いた。


 クラウドさんと私は顔を見合わせて頷きあう。ふたりの邪魔にならないようにそろりそろりと後ろに下がった。


 マッドワームはシェリーを呑み込もうと口を開けたり閉めたり、こちらを威嚇するように体をうねらせたりとせわしない。


 またスレイドくんとヴィックさんが攻撃しようとマッドワームに向かっていった。


 強く打ちつけるようにしなった胴体をヴィックさんの盾が弾いて、動きが鈍った隙にスレイドくんが斬りこむ。……でもやっぱり、傷口は塞がってしまう。


「キリがない!」


「地道に削るしかないか……シェリー、耐えろよ!」


 ヴィックさんが持ち上げられたままのシェリーに声をかける。シェリーは呑み込まれず吹き飛ばされもしないように踏ん張りながら口を引き結んでいる。


 もどかしい。あんなに振り回されて、シェリーは相当辛いはずだ。


 ふと、後ろに引いた足にこつんと何かがぶつかった感覚があった。下を見ると、手のひらくらいの大きさの苔むした石が落ちている。


 そして、私はアレンさんの言葉と、腰に下げたもうひとつの魔術道具を思い出した。


――「コチラの魔術道具は『投種器』とでも名付けましょうかネェ。エスターサンが今お持ちの『火打石』と少し違うのはァ、コチラは飛ばすモノの大きさで威力が変わるというところですゥ」


 腰に下げたみっつの袋、これも魔術道具でものを小さくしてしまっておける。ひとつには「魔力探知球」が、もうひとつには「火打石」が入っていた。


 そして、最後のひとつには、「投種器」が入っている。


 ちょうどいいことに「投種器」は植物属性の攻撃魔法が撃てる魔術道具だ。


 今までは小石とか土くれしか飛ばしたことがなかったけど、この足元に落ちている石、この大きさのものを飛ばしたら威力はどのくらいだろう。


 試してみる価値はあるかもしれない。私は握りしめていた「火打石」を袋に入れる。そしてそっと「投種器」を取り出した。


 「投種器」は木製の持ち手の先が二股になっていて、その間に伸び縮みするように編んだ紐がわたしてある。紐の真ん中には革の当て布があって、そこに飛ばしたいものを当てて引っ張って紐の弾力で飛ばすと、そこに植物属性の魔法が宿るしかけになっている。


 私は紐の弾力を軽く確かめてから足元の石を拾った。ギリギリ当て布の範囲内に収まってくれそうだ。


「エスター?」


 クラウドさんが不思議そうな声を上げる。私は緊張しながら「投種器」と石を握りしめた。


「ちょっと……やってみます」


 私はマッドワームと格闘しているふたりのほうに駆け寄る。うねうね動くマッドワーム、外れる可能性も大いにある。


「ふたりとも、一回下がって!」


 スレイドくんとヴィックさんが驚いたように私を振り返った。私は石をつがえて狙いを定める。


「一回だけ、やってみたいの」


「なんだかわからねえが、わかった」


「打開策ならこの際なんでも歓迎だよ」


 ふたりは私の射程に入らないように下がってくれる。さりげなくヴィックさんが私をいつでもかばえる位置に来てくれた。


「そー……れっ!」


 私は石をつがえた手を思いっきり引き絞ってから手を離した。


 重いせいか少しひょろひょろした軌道で飛んだ石は――地面近くのマッドワームの胴体に当たる。


 次の瞬間、めきめき、と大きな音を立ててマッドワームの胴体から太い植物の芽が生えた。マッドワームの動きが止まる。


「【寄生樹】……?」


「えっと、だいたい同じ」


 驚いたように呟いたヴィックさんに私は頷く。「投種器」の魔法は詠唱でいうと【寄生樹】で、対象の魔力を吸い取る植物を生やす魔法だ。


 マッドワームが苦しみだす。めりめりと音を立てながら芽が伸びて、花の蕾をつける。


 ヴィックさんが走り出した。今ならシェリーを救出できるかもしれない……!


 魔力で淡い光を帯びた花が咲いた瞬間、マッドワームは悲鳴を上げる。口が大きく開いて、シェリーが落ちてきた。走る途中で盾を放ったヴィックさんが滑り込むようにしてシェリーを抱き留める。


 スレイドくんと私はマッドワームを警戒していたけど、魔法の効果が切れて花がさらさらと光の粒に変わるころには、マッドワームはすっかり戦意喪失してしまったようだった。


 全員が息を呑んで見守る中、マッドワームはしおしおと地面に潜っていき、そのまま森の奥へと姿を消した。


「……助かった……?」


 私が思わず呟くと、ふっとその場の空気がゆるむ。


「全然助かってないわよ、もうグッタリよ、最悪」


「そのくらい饒舌であれば心配はいりませんね」


「そんなぁ……」


 ヴィックさんの腕から悪態をつきながらおりたシェリーがクラウドさんの言葉に肩を落とすと、誰からともなく笑いが広がった。




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