018 【泥ミミズ】
ウォーレン歴8年 仲夏の月28日 昼
「なんか変よ」
「魔力探知球」を見ていた私が言うまでもなくシェリーも異変に気付いていたようで、警戒する声を上げた。全員が足を止める。
「普段ならあのあたりには魔物が寄り付かないのに魔力反応がある」
「しかもけっこう大きそう」
「ええ」
私が口を挟んだのに文句も言わずシェリーは頷く。それくらいの異常事態だ。
「…………」
クラウドさんは考え込んでいる。それもそうだ、あそこの薬草がクラウドさんの主な商売道具。1ヶ月分の稼ぎがかかっているんだから。
「様子を見ることはできませんか。もし場所を動く様子がなかったり薬草が荒らされたりしていれば追い払うことも考えたいところです」
クラウドさんの言葉にシェリーに視線が集まる。そうね、と魔力反応のあるあたりを見やった。
「様子を見るならもう少し近付かないとダメよね……。まずは私たちだけで見てきます」
「了解」
スレイドくんとヴィックさんが応じて3人は歩き出す。私は焦って「火打石」を握り直した。
「私も、」
「エスターは残ってて。あの距離なら【魔力共有】は切れないし……クラウド様を頼んだわよ」
「!」
シェリーの言葉に私は頷くしかない。強い魔物だったら私は足手まといかもしれないし、緊急事態とはいえ後ろを任せてくれたのは嬉しかった。
薬草の群生地を囲むようにある茂みに、3人が静かに近付いて入り込んでいくのを、私とクラウドさんはじっと見守った。
~~~~~
自室で魔術道具を作っていたアレンは、ふう、と息を吐いて背伸びをした。これでひと段落だ。
「エスターサンは今頃どうしているでしょうネェ……」
報酬が少なくてもったいないと思ったのは事実だが、パーティメンバーとあんまり仲が良いわけでもない話も聞いている。交渉がうまくいっていればいいのだが。
「エスターサンは穏やかな方ですからァ、押し負けていてもおかしくありませんネェ?」
そのときは慰めてあげよう。夕飯に追加してデザートくらいおごってもいい。結構頑張り屋のエスターを、アレンは気に入っているのだ。
「こんな私にも心を許してくださってますしネェ……いやはや、ありがたいことでェ」
うまくいっていてもお祝いでデザートをおごってもいいな、などと考えながら、アレンはまた魔術道具の製作にとりかかった。
~~~~~
3人が茂みに身を潜ませてからしばらく経った。森は異様な静けさに満ちていて、突っ立っている私とクラウドさんに襲いかかってくる魔物もいない。
ちらちらと「魔力探知球」を見ていた私は、さっきから微動だにしなかった大きな魔力の点が動いたのを見て取って、3人のほうに視線を向けた。
茂みの下の地面がボコッと盛り上がる。茂みから抜け出してきた3人の下を追いかけるようにボコボコと地面が膨らんで、少しだけ走るのが遅れたシェリーの下で大きい穴が口を開けた。
「きゃぁ!?」
次の瞬間にはシェリーの身体は地面から出てきた魔物の口にくわえられて宙に持ち上げられていた。
ミミズのようなぬらぬらした筒状の胴体。茶色い胴体の先端についた大きな口。
「
誰からともなく魔物の名前が口をつく。マッドワームは小さいものはそれほど害はないけど、放っておくとどんどん体が大きくなって魔力もそのぶん大きくなって厄介なやつだ。
今目の前にいるマッドワームは直径だけで1メテラくらいある。長さは地上に出ているぶんだけで3メテラはある。地面に隠れている部分も数えたらすごいことになりそうだ。
こんなのは規格外だと思う。大きな魔力反応の正体はこれで間違いなかった。だって……。
「エスター! こいつの魔力量は!」
「……シェリーの4倍……」
「!」
私の言葉に全員が息を呑んだ。魔物で人間の魔力量を大きく上回るのは珍しい。シェリーは普通の人より少し魔力が多いから、その4倍なんていったらおそろしい量だ。
シェリーはどうにか丸呑みされないように踏ん張っている。このまま地中に潜られるのを防ぐために、まずヴィックさんがナックルダスターのついた拳で強くマッドワームの胴体を殴った。
マッドワームが攻撃に怒ったように胴体をうねらせる。スレイドくんが剣を構えた。
「
マッドワームは土属性の魔物だから、スレイドくんはそれに強い植物属性の魔法剣を発動させて斬りかかる。
ざっくりとマッドワームの胴体に傷が刻まれたと思ったのもつかの間、どろどろと泥のように周囲の皮膚が溶けてその傷が塞がっていく。
「ちっ、回復されるとかやりにくいな」
「まったくだ、くそっ」
スレイドくんとヴィックさんは舌打ちしながら一度距離をとる。マッドワームはさらに暴れ出す。
シェリーは相変わらずくわえられたまま振り回されていて、とてもじゃないが詠唱ができそうにない。
せめてシェリーは救出したいけど、私はやっぱり見ているしかできないんだろうか……?
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