016 宣戦布告?

ウォーレン歴8年 仲夏の月28日 朝




「そうしたらだいたいあれひと月で飲み終わったんですね」


「もっとほしいくらいですヨォ」


「追加で作りましょうか?」


「お気持ちは嬉しいですがァ、あれはプレゼントだったのが特別でしたからァ」


 私たちはいつものように朝食を食べながら、アレンさんの誕生日プレゼントにあげたハーブティーの話をしていた。ちょうど昨日全部なくなったらしい。


 気に入ってもらえてよかったな、とほのぼのしながら、カットフルーツを口に運ぶ。


 夏の暑さを和らげてくれるみずみずしいそれを飲み込んで、そういえば、と私は呟いた。


「今日はアレンさんはなにをする予定なんですか?」


 今日は私に薬草商クラウドさんの護衛の仕事が入っているので別行動なのだ。


 アレンさんはそうですネェ、とちょっと上を眺めた。


「まァたぶん魔術道具を作って一日が過ぎるでしょうネェ……。そのうち露店も再開したいところデス」


「露店権、復活したんでしたっけ」


「再手続きが必要らしいですけどネェ」


 アレンさんは苦笑する。でもちょっと嬉しそうだ。


 少しなにかを考えるようにしながら、アレンさんは手に持っていたフォークをいじり始めた。


「それよりもエスターサン、私は思うのですがァ」


「はい?」


「今日の護衛、いつも通りに行くのはもったいないと思うんですよネェ」


 私はぽかんとアレンさんの顔を見た。アレンさんはフォークをくるくると手の上でいじっている。


「エスターサンも攻撃魔法が使えるようになってきたわけですしィ、ただの魔力供給係よりも働けると思うんですヨォ」


「それは……そうかもしれませんね」


 アレンさんに作ってもらった攻撃魔法の魔術道具は今のところふたつ。両方とも暇があれば練習してるし、実際に依頼で使ったこともある。


 たしかに、ただ後ろで見ているだけよりはちょっとは働けるかもしれない。


「エスターサンのお仕事ですからあまり口を出すのもどうかとは思うのですがァ。報酬に差があるというお話も聞きましたしィ、ここは思い切って交渉をしてみてもいいんじゃないでしょうかァ?」


「交渉かぁ……」


 そりゃあもちろん、今までよりもらえるのなら欲しいけど、他の人の取り分が減ることになるから難しい気もする。


 でも戦えるようになってきたのは確かだし……。


 今まで全然交渉なんてする気がなかったけど、いい機会なのかなぁ?




「は? 今なんて言ったのよ言えるもんならもう一回言ってみなさいよ」


「うっ……」


 シェリーがすごい勢いで睨んでくるのを心苦しく受け止めながら、私はもう一度クラウドさんに向かって小さな声でお願いを繰り返した。


「私も戦うので、報酬の私の取り分を増やしてほしいです……」


 本当に言ったわね、と怒り始めたシェリーはスレイドくんとヴィックさんがなだめてくれている。


 クラウドさんはふむ、とどうともとれる相槌をひとつ打った。


「私が護衛を厳選しているのは知っているね?」


「はい」


「今のところ私は君のその大きな魔力を買ってこのパーティに加えているわけだ」


「はい」


 なんだか叱られているみたいな気持ちになってきた。でももう少しだけ頑張ろう。


「君が戦うことで魔力共有に影響が出るようなら私はそれを受け入れるわけにはいかないね」


「それは、大丈夫です」


 アレンさんがおおよそ計算してくれたけど、私の魔力では普通の攻撃魔法が3千発打てることになる。


 この護衛の依頼でシェリーが打つ攻撃魔法はだいたい数十発。私も同じくらい打ったとしたって、めちゃめちゃ余裕がある。


 ざっくり説明すると、クラウドさんはまた、ふむ、とひとつうなる。


「そうなのであれば、あとはエスターの戦闘能力しだいだね。あの3人に匹敵するほどのものがあるかどうか」


「そう、ですね……」


 もちろん、私がこの町で一番強い3人組に匹敵するほど戦えるとは思っていない。


 魔力供給係とちょっと戦えるくらいを足し算して、もう少し報酬を増やしてもらえないかなぁ、という感じだ。


「だったら勝負よエスター」


「シェリー?」


 まだ怒りが収まりきっていない様子のシェリーが私を指差した。


「今回、魔物の撃退数が私と同じくらいになれたら認めてあげる」


「えっ」


 それはちょっとけっこう無茶な話だ。シェリーはでも本気らしい。


「私はスレイドと組むからヴィックがエスターと組んで対抗戦よ」


「なんで俺?」


「エスター、物理的に弱そうだから」


 なんだか話が本格的に進んでいる。クラウドさんまで面白がる表情に変わってきた。


「では不公平のないように私が数えましょうかね」


「ありがとうございます、クラウド様ぁ」


 クラウドさんに満面の笑みを向けたシェリーがくるっと表情を変えてジト目で私を見る。


「言ったからには結果を見せなさいよね、エスター」


 私は腹をくくらざるを得ない。


「頑張ります……」


 というわけで、薬草の群生地までの護衛兼魔物撃退数競争が幕を開けたのだった。




エスター財布:200ユール16セッタ

エスター口座:3,341ユール20セッタ

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