015 Happy Birthday to You

ウォーレン歴8年 向暑の月26日 昼




 向暑の月26日。蒸し暑い昼間、私は集合住宅のアレンさんの部屋に向かった。


 今朝私が部屋に押し込んだから、アレンさんはたぶん今は退屈しのぎに魔術道具を作っている……と思う。


 私は背中に隠し持った小包みをそっと左手に持ち直す。右手でそっと戸を叩いた。


「アレンさーん」


「はいィー?」


 がさがさとかごとごととか、やっぱり魔術道具を作っていたっぽい音がしてから戸が開く。部屋から身体を出したアレンさんが首を傾げた。


「エスターサン、どうかされたのでェ?」


「入ってもいいですか?」


「いいですけれどもォ、あまり片付いてませんヨォ」


「いいからいいから」


 ぐいぐいとアレンさんを押し込むようにしてアレンさんの部屋に入る。


 魔術道具を作っていたらしい場所を片付けているアレンさんを見ながら、私はちょっとドキドキしている気持ちを落ち着けた。


「アレンさん」


「はいィ、なんでショウ?」


 くるっとこっちに振り返ったアレンさんに、私は隠し持っていた小包みを差し出した。


「お誕生日おめでとうございます!」


「……!?」


 アレンさんはちょっとのけぞったような姿勢のまま固まっている。私も差し出している手を引っ込めるわけにはいかなくて、しばらく奇妙な膠着状態が続いた。


「あ……ありがとうございますゥ……?」


 先に動いたのはアレンさんだった。私の手からそっと小包みを受け取ってくれる。


「なんで疑問形なんですか」


 私が笑うと、アレンさんは照れたようにもさもさの髪の毛をかきまわした。


「いやァ……誕生日を祝われたのが久しぶりすぎて変な感じでェ……」


「そうなんですか?」


「えェ、まァ。ちょっと前まで行商人でしたからネェ、特に友達とかもいませんでしたしィ」


 そんなもんだろうか。まあでもアレンさんの売るものは特殊だから、仲間とかそんなにいないのかもしれない。


「今日も普通に依頼に行こうとしてましたしね、焦りましたよ」


「なんか変に止められたと思ったらそういうことだったんですネェ?」


「我ながら立派な屁理屈でした」


「アハハ……」


 苦笑したアレンさんは、ところで、とリボンで口を結んである小包みを手の中で転がした。


「コチラはどんなプレゼントなんですかァ?」


 期待の視線が急に恥ずかしくなって、私はちょっと目をそらす。


「その……自家製ハーブティーです」


「あァ、エスターサンは家庭菜園が趣味でしたネェ?」


 アレンさんは言いながら嬉しそうにリボンをほどいてラッピングをはがす。


 小さな麻袋に乾燥させたハーブを詰めたティーバッグを小箱に詰めただけの、簡単なプレゼントだ。


 アレンさんは小箱の蓋を開けて、手のひらであおぐようにして匂いをかぐ。ふわっと柔らかく口角が持ち上がった。


「いい香りですネェ……」


「えへへ、ありがとうございます」


「では早速いただきまショウ」


「へ?」


 アレンさんは小箱を片手に歩いていって、室内収納の扉を開ける。


 私の部屋ではクローゼットにしている全室共通の収納の中には、そんなにたくさんどうやって持ってきたんだというくらいの本や魔術道具が詰まっていた。


 アレンさんはその中から一見なんの変哲もなさそうなポットと鍋敷きを取り出してくる。テーブルの上に鍋敷きを敷いて、ポットをその上に乗せた。


「それではエスターサン、私はティーセットを探しますのでェ、その間この鍋敷きとポットの取っ手にそれぞれ触っていてくださいネェ」


「? わかりました……?」


 アレンさんがまた収納のほうに戻っていったのを見ながら、言われたとおりに鍋敷きの端っこに左手をそえて、右手でポットの取っ手を握る。


 ものの数秒で、ポットが熱くなって湯気が注ぎ口から吹き出し始めた。


 もしかしなくてもこれ、お湯が沸く魔術道具……?


 私が戸惑っているうちに、アレンさんがティーセットを持って戻ってくる。


「もう離していいですヨォ」


「あっはい、これすごいですね?」


 アレンさんはお湯を沸かしたポットからティーバッグの入った方のポットにお湯を注いで得意げに笑った。


「フッフッフ、これくらいは魔術道具としては普通ですよォ」


「相変わらず面白いなぁ……」


「お褒めにあずかり光栄ですゥ。さ、飲みまショウ」


 アレンさんがティーカップにハーブティーを注ぐ。白いカップの中で、綺麗な薄緑色の液体が湯気を立ち昇らせた。


 ハーブティーをあげようと思い付いたのが最近で、試し飲みしている余裕がなかったんだけど、けっこううまくいったみたい。


 椅子にすすめられるまま座って、ふたりでしばしハーブの香りを楽しむ。そしてゆっくりとカップを口に運んだ。


「おいしい……」


「爽やかですネェ」


 私はアレンさんの様子をちらっと盗み見る。さっきからすごく楽しそうだ。鼻歌とか歌い出しそう。


「こんなプレゼントでよかったですか?」


「お気持ちだけでもすでに嬉しすぎるくらいですヨォ。しばらく楽しめそうですしネェ?」


「それなら、よかったです」


「えェ」


 私たちはまたハーブティーをゆったり楽しむことにした。でも実は、プレゼントはこれだけじゃないのだ。


「アレンさん」


「なんでショウ?」


「今晩はいつもよりちょっとだけ豪華な夜ごはんをごちそうしますね!」




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