014 驚きの連続!

ウォーレン歴8年 向暑の月12日 夜




 花の入った鉢をまずは安全な場所に置きたいということで、フィジの町に着いた私たちはまず宿屋に向かった。なんだか中が妙ににぎやかだ。


 受付に行ってベルを鳴らすと、係の人が奥から忙しそうに出てきた。


「いらっしゃいませ。何名様のお泊まりで?」


「2人部屋をひとつと、1人部屋をふたつ」


 トーマスさんが言うと、帳簿をめくっていた係の人が苦い顔になった。


「申し訳ないのですが、現在空きが2人部屋2部屋しかございません」


 …………。


 4人ぶんの空きはあるにはあるけど、って感じだ。


「失礼ですけど、ここってそんなに混む町でしたっけ」


 ジミーさんが首を傾げると、確かに普段はそうでもないのですが、と係の人がちょっと顔を寄せてきた。


「本日大きな隊商が南下してこられまして、ほとんどそちらの方々で部屋が埋まっているのです。相部屋をお探ししましょうか?」


 隊商の女性部屋に私を入れてくれるっていう話だろうか。それなら……。


「大丈夫です」


 私の発言に4人ぶんの視線が集まった。特に顔ごとこっちを向いたアレンさんの口がぱくぱくしている。


「私とアレンさんがひと部屋に入ればすむ話ですし。アレンさんは変なことしませんから」


「それはもちろんしませんけれどもォ……」


「エスターさんがそう言うならそういうことにしますか」


「ひィ、ジミーサンまでェ」


「それでは2人部屋2部屋ですね。お会計はいかがなさいますか?」


「ああ、私が一括して」


 係の人もトーマスさんもアレンさんの戸惑いをスルーしてさらさらと手続きを進めていく。アレンさんがおおげさに肩を落としたのが面白くて、私は思わず笑った。


「まあまあアレンさん、初対面で同じ部屋に寝泊まりした仲じゃないですか」


「それとこれとは話が別ですヨォ……」


 そんなこんなで私たちはそれぞれ部屋に案内されて旅支度をほどく。宿の人が部屋についたてを持ってきてくれた。これは助かるかも。


 どこの町にもある食堂に集合して、全員で食事をトレイに乗せて適当な席に座る。わいわいと騒がしくしている噂の隊商らしき人たちからはそっと距離をとった。


「さて、王都の医者の話でしたか」


 トーマスさんが言って、私は頷く。まずは私のことをちょっと話したほうがいいだろう。


「まず、わざわざ魔術道具を使っているのには理由があって、私、詠唱が使えないんです」


「詠唱が? たしかに教育期間のうちはうまく使えない子とかもいますけど、卒業しても使えないのは聞いたことがないですね」


 驚いた様子のジミーさんが身を乗り出す。トーマスさんに手で落ち着け、という仕草をされて椅子に座り直した。


「そうなんです。普通の『詠唱が使えない』子の対策はあらかた試したけどダメで、今に至るんですよね……」


「では王都の医者に診てもらいたいというのは、その体質を治したいと」


「そうです」


 うーん、とトーマスさんがうなった。ジミーさんと顔を見合わせる。


「王都といえどそう高い技術の医師がごろごろしているわけでなし、専門医を探さねばならないでしょうな」


「探すとなると紹介料とかかかりますし、けっこう大変そうですね」


「そうですか……」


 ふたりの言葉に私が遠い目になったところで、さっきからもくもくとパンをかじっていたアレンさんが口を開いた。


「おおざっぱにでいいのですがァ、ざっとおいくらくらいかかりそうですゥ?」


 トーマスさんが硬い表情になった。しばらく真剣に考えて、苦笑する。


「1万ユールは軽いでしょうな」


「1万……!?」


 今の貯金のざっと7倍だ。貯められない額じゃないけど、王都に行く旅費もあるし……これ、アレンさんとコンビ組んでなかったらおばあちゃんになるまで無理だったかもしれない。


 そのあともぽつぽつと、王都にある高等学校や研究機関の話を聞いたりして、夕飯の時間が過ぎていった。


 夕飯のあとは共同浴場で汗を流して、私はぼんやりと夕飯のときの会話を思い返しながら宿に戻る。何気なく部屋の戸を開けた。


 ――目の前で、引き締まった体つきの上裸のめちゃめちゃかっこいい男の人がタオルで色の濃い髪の毛を拭いていた。


「!?!?」


 私は反射的に戸を閉める。ちょっと何が起こったのかわからない。っていうか男の人の上裸とか父親と弟のしか見たことないんだけど。あ、学校で男子が夏場に脱いでたりはしたか。


 とかなんとか大混乱しているうちに、部屋の中から聞き慣れた声がした。


「エスターサァン……? もう大丈夫ですヨォ……?」


「アレンさん??」


 もうなにがなんだか。とりあえず大丈夫らしいのでそっと戸を開ける。いつものだぼっとした服を着たアレンさんがひとりで、ちょっと湿った前髪をタオルでぬぐっている。


「……?」


 私がぽかんとしていると、アレンさんが普段よりぺたっとした前髪の奥で苦笑した。


「いきなり開けられたので焦りましたヨォ、お見苦しいところをお見せしましたァ」


「……あれ、アレンさんだったんですか?」


「?」


 きょとんとしたアレンさんを私は改めて眺める。


 たしかにだぼっとした服のそでから出ている腕はよく見たらきっちり筋肉がついているし、前髪で隠れているだけで顔はかっこいいのかもしれない。


 私が今まで気付いてなかっただけで……。


「ええー! もったいないですよアレンさん!?」


「な、なにがですかァ!?」




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