013 「鮮度鉢」
ウォーレン歴8年 向暑の月12日 日中
フィジの町へ向かって私たち4人は街道を歩いていく。護衛を引き受けたといっても、街道を通すのには魔物が少ない場所が選ばれているから、そこまでぴりぴりする必要はない。
「王都の話といっても、どんな話が聞きたいんです?」
ジミーさんが首を傾げて、私は思わずうーん、とうなった。
「有名なお医者さんとかいたら聞いてみたいんですけど、普通にどんなところなのかも気になります」
「お医者さん?」
不思議そうにおうむ返ししたジミーさんに説明しようとしたら、街道脇の茂みから魔物が飛び出してきた。私たちはとっさにそれを避ける。
私はいつものウエストポーチとは別に腰につけている袋の中に手を突っ込んだ。中に入っているものを取り出して両手に持つ。
「えい!」
姿勢を立て直してこっちにまた飛び掛かってこようとした魔物めがけて、手に持った「火打石」をこすると、火の玉が飛んでいって魔物を灰に変える。
よし、一発命中。最近暇さえあればやっている練習の成果だ。
ちなみに今私が持っている「火打石」は、最初にアレンさんからもらったものにさらに改良が加わったもの。
さすがにあんまり火の玉が大きいと余計なものまで燃やしてしまうので、普通の魔法士のひとが飛ばすくらいの大きさになるようになっている。
「今のは……?」
トーマスさんが戸惑ったように声を上げた。私はふたりに「火打石」を見せる。
「魔術道具っていって、詠唱しなくても魔法が使えるんです。これだと、こすると火の玉が出てきます」
「ほう、面白いですな」
「アレンさんが作ってくれたんです」
私が得意げに言って、興味津々のふたりぶんの視線が自分に向いたアレンさんは、困ったようにもさもさの前髪を片手でかきまわした。
「そんなに注目されるほどのことはしておりませんデスゥ、えェ」
照れているらしいアレンさんに笑って、私たちはまた歩き出す。雑談をしながら歩いていけば、ゆっくりしかし確実にフィジの町が近付いて、日が昇ってそして傾いていった。
空が少し黄色っぽくなってきて、ちょっと遠くにフィジの町の門が見えるな、というあたりで、トーマスさんが足を止めた。
「このあたりから少し街道を外れると花の咲いている場所に出るのです」
「そうなんですね」
私は袋の中に戻していた「火打石」を取り出してしっかり握った。街道を外れるとなると魔物の数が増えるかもしれない。気を引き締めなくちゃ。
「
ジミーさんが詠唱を唱えると、街道の外に広がっている平原にぽつぽつと光の点線が現れた。少し離れたところにある湖っぽいところに続いているみたいだ。
……詠唱使えるの、やっぱり憧れるな。誰でも普通に使うから、よけいに。
このへんは湿原っぽくなっているということで、足をうっかり沈めたりしないように注意深く点線をたどっていく。
「今年こそは枯らさずに持ち帰ってもっと詳しく調べたいものだが」
「そうですね……。もう少し【湿度保持】や【土壌近似】をこまめに重ねがけしたらいいのでしょうか」
トーマスさんとジミーさんが仕事の話を始めたので、私は黙って周囲に気を配った。アレンさんは今日はなんだか静かだ。てっきりこういう話に興味津々に食いつくかと思ったのに。
時々出てきた魔物を倒したりしているうちに湖に着く。岸辺には、うっすら光を帯びた白い筒のような形の花が群生していた。布張りのランタンがたくさん浮いているみたいに見えて、けっこう幻想的だ。
トーマスさんたちが荷物の中からいろいろ道具を出して花を調べ出す。私たちはしばらく暇かな、と思ったら隣でアレンさんが背中から下ろした木箱の中から筆記用具を取り出した。
「アレンさん?」
「ちょっといいことを思いついたのでェ」
「?」
そのままアレンさんは木箱の天板を器用に使って何かを紙に描き始める。私はよくわからないまま暇を持て余すことになった。
日が傾いてきてそろそろ街道に戻らないと閉門に間に合わないかも、という頃になって、ジミーさんが荷物の中から陶器の鉢を取り出した。道すがら話していたように、この花を採って帰るんだろう。
「あのォ、もしよろしければその鉢を貸していただけませんかァ?」
突然声を上げたアレンさんに、私たち全員びっくりして視線を向ける。アレンさんはさっきまで一生懸命描いていた紙をぴらりと持ち上げた。
「詠唱を重ねがけするのもよいのですがァ、持続性の高い魔術道具と相性がいいかと思いましたのでェ、素人ながら鮮度を保つ回路を考えてみたのですゥ」
ジミーさんとトーマスさんは顔を見合わせる。トーマスさんが興味深そうにアレンさんのところにやってきた。後ろから鉢を持ってジミーさんも合流する。
それからしばらく難しい単語が飛び交って、アレンさんが紙にいろいろ描き足したりして、話がまとまったらしい。
アレンさんが取り出した珍しい金属製の杖で紙の上をなぞると、線が光り始める。全部の模様が光ったところで鉢を紙の上に乗せて、杖で鉢をとん、と叩くと、光が鉢に吸収されていった。
これで魔術道具が完成、らしい。目をぱちくりさせながらジミーさんが鉢を抱えて、ふたりは花を採りに行く。慎重な手つきで根っこから花を数輪、鉢に移した。
ふたりがこっちに戻ってくるまでの間で、花はすでにちょっと光が薄れてしんなりしかけている。よっぽど繊細な花なんだな、と思っていたら、アレンさんが私の名前を呼んだ。
「エスターサン、一回あの鉢を抱えてみてくださいィ」
「抱える……?」
アレンさん以外状況がまったく飲み込めていない状態で、私はジミーさんから花の入った鉢をそっと受け取る。手に取った瞬間、花が湖に咲いているときの明るさをふわっと取り戻した。
「うわぁ?」
私が驚いて間抜けな声を上げると、アレンさんがふふん、と笑う。
「今のこれは、エスターサンの魔力で魔法が発動して鉢の中の環境がよくなったのですネェ。おふたりもこうやって魔力を込めれば、きっと王都まで枯らさずに運べますヨォ」
「ありがとうございます」
得意げに解説したアレンさんにトーマスさんが頭を下げる。ジミーさんもぺこぺこと頭を下げて、私からまた鉢を受け取った。
「お礼はお気持ちばかり報酬に上乗せしていただけると嬉しいですネェ」
「もちろんです、助かりました」
「それとォ、王都のお医者様の話も食堂かどこかでじっくりとお願いしますゥ」
「そうでしたね、わかる範囲でお話しますよ」
……なんか、アレンさんがたのもしい。私たちはそれぞれに嬉しい気持ちを抱きながら、フィジの町までの最後の道のりを進んだ。
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