008 丘の風車小屋
ウォーレン歴8年 緑風の月1日 朝
私たちは風車の依頼の貼り紙をはがして、ギルドの建物に逆戻りした。
貼り紙には概要だけ書いてあって、ギルドの窓口で詳細が聞けたり受注したりできるしくみだ。
「これの詳細が知りたいんですけど」
依頼関係の窓口で貼り紙を差し出すと、受付のお姉さんがカウンター下の資料を探る。少しして資料から顔を上げた。
「こちら急ぎの依頼でして、なるべく早くということで値段が少し上がっていますね。あと風魔法の他に腕力も必要だと資料に書いてあります」
「ほおォ……」
アレンさんが興味深そうに呟く。私は依頼をこなす場面を想像してみた。
風魔法についてはアレンさんの魔術道具があるとして、ひょろひょろのアレンさんだと腕力が足りないような気もする。別の依頼を探したほうがいいかな?
「正式に受注する前に下見に行ったり準備の時間をとったりしてもよろしいですかァ?」
「へ?」
「今日下見に行かれるのでしたら依頼者様に直接お訊きになってみてください。ひとまず仮受注の処理をしておきますね」
アレンさんの言葉ににっこり対応して、お姉さんは流れるような手さばきで仮受注証明書や地図なんかを用意してくれる。
私はアレンさんにこそこそ耳打ちした。
「いま、腕力が必要って」
「それならたぶん大丈夫ですヨォ。万が一のための下見ですしィ」
アレンさんはのんびりささやき返してくる。本当に大丈夫、なんだろうか。
あ、筋力増強の魔術道具とかもあるのかもしれない。それなら大丈夫かも。
そんなこんなで必要書類を受け取った私たちは、一度集合住宅で仕度をして早速その風車小屋に向かうことにした。
森に続く草原とは逆の北西門から町を出ると、やっぱり草原が広がる丘陵地帯。
魔物がめったに出ないから、町の人の畑とかはほとんど町の西側にある。
町からものすごく緩いけど確実に上る坂道を、地図を見ながらずっと歩いてしばらく。
ちょっとくたびれてきたかな、という頃、丘のてっぺんにその風車小屋が見えた。
なるほど、立派な風車だけど、たしかに回ってない。
「あれでしょうネェ」
アレンさんも同じことを思ったようで、地図と見比べながら呟く。私はそうですね、と頷いた。
その位置から進むと当然どんどん風車が大きく見えてきて、もうてっぺんとかよくわからないくらいになった頃、小屋の入り口に着いた。
戸を軽く叩くと、しばらくしてから開く。粉っぽい空気がむわっとあふれ出てくる中から顔を出したのはいかついおじさんだった。
「どちらさん? 今うちは営業してないけど」
「あの、ギルドの依頼をお受けしようと思って、下見に来ました」
慣れてないアレンさんの代わりに私が仮受注証明書を見せて、二人そろって自己紹介をする。
「下見っていうのはどういうことだ? 今すぐできないのか?」
「えっと……」
そこはうまく説明できない。おじさんの言葉に私がまごつくと、アレンさんが口を開いた。
「魔術道具という今回の依頼専用の道具を使おうと思っているのですゥ。そのためにはァ、風車の実際の大きさを確認したりィ、風車がどう回らないのかなどをお聞きしておく必要がありましてェ」
おじさんはふむ、とあごを指で撫でた。
「よくわからんが、まあ説明しようか。うちの風車はすごいんだが強情なんだ」
おじさんは私たちを風車小屋の中に手招きする。そしてあれこれ指差したりしながら風車のつくりを説明してくれた。
前のめりになって興味深そうに話を聞いていたアレンさんと比べて、私は正直半分もわかった気がしない。
とりあえず依頼に関することでわかったのは、風車を回す一番大事で一番大きな歯車がどうにも回らないせいで、風車が動かなくなっているということだ。
風が吹いて風車そのものに力が加わり、その時さらに歯車についた縄を引いて歯車にも力が加われば、原理的には回るはず、らしい。
問題なのは、そう狙ったように強風が吹かないということだ。
だから、風魔法で強風を起こして、同時に腕力で歯車を回してほしい。とまあ、そういう依頼なわけ。
ひととおり説明が終わって、考えを巡らせているらしいアレンさんと一緒に風車小屋から出る。丘の穏やかな風が爽やかに通っていった。
「アレンさん、できそうですか?」
魔術道具のことがさっぱりの私はとりあえずアレンさんに声をかけた。あと、あのいかついおじさんでも回せない歯車を、アレンさんが回せるのかという疑問もある。
「うむゥ……風を吹かせるいい場所がほしいですネェ……」
腕力についてはなにもなし。まあ、アレンさんが大丈夫だと思っているなら大丈夫だろう。わかんないけど。
「まあ考え込んでいてもなんだし、ちょっと俺の家で休憩していくかい?」
おじさんが指をさした先にはちょっと立派な家がある。2階と屋根裏部屋くらいありそうだ。
「ありがとうございます」
「おォ!」
アレンさんが突然嬉しそうに声を上げた。歩き始めたおじさんの後を追って、話しかける。
「あの家の屋根から風車にいい角度で風が当てられそうですがァ、屋根には上がれますかァ?」
言われてみればちょうどよさそうな位置だ。おじさんも風車を振り返ってああ、と声を漏らした。
「上がれるが……、どっちが上がるんだい? 雪が落ちる角度だからけっこう危ないぞ」
風を吹かせる担当だから……。
「私ですね……」
私もふたりに追いついて苦笑すると、おじさんも苦い顔をした。
「大丈夫か?」
「町の実家の雪下ろしならしたことあるので、たぶん」
「おや、そうなんですネェ」
「まぁ……なら大丈夫か」
おじさんが納得したところで家に着いて、奥さんからお茶をごちそうになりながら、今後の予定について話し合うことになった。
「エスターサンに合わせて魔術道具を作りますのでェ、明日まる一日は準備にいただきたいデス」
「そうなると、明後日以降か。でも明後日は祈りの日だろ、てことは3日後か?」
祈りの日は朝に町の教会で礼拝がある日で、そのまま仕事を休みにする人やお店が多い。おじさんが言っているのはそのことだろう。
「お急ぎでショウ? 皆サンのご都合がよければ礼拝後にこちらへ来ても間に合うと思いますゥ。風は一瞬のことですからネェ」
「そうかい、それならいいな」
アレンさんは確かめるように私の方を向く。私はこくこくと頷いた。私はどっちかといえば祈りの日を大切にするほうだけど、仕事があるのにやらないのもなんだか落ち着かない。
アレンさんはおじさんのほうに顔を戻して、口元ににっこり笑みを作った。
「それではァ、明後日またお会いしまショウ」
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