007 仕事はじめ
ウォーレン歴8年 緑風の月1日 朝
今朝も私は低い柵で区切られた自分の庭で、育てている花たちに水をやる。今持っているこのジョウロも魔術道具だ。
アレンさんが「水湧きジョウロ」と言っていたこれは、傾けると水が出てきて、置くとからっと乾く便利なしろもの。
でも初めてこのジョウロを持ったときは一気に水があふれ出てきちゃって、まためまいもしたし、大変だった。
「火打石」のときはたまたまうまくいったけど、どうも私専用の魔術道具を作るのはなかなか難しいらしい。
そんなアレンさんは冒険者登録申請が昨日の夕方に通って、昨夜から私と同じ集合住宅の3階のひと部屋を割り当てられている。
朝食後の今はたぶん、登録の最後の書類を書きに行っているんだと思う。
いろいろ手続きがややこしいんだよね、とか思いながら室内に戻ったら、部屋の戸がコンコン、と軽い音を立てた。
「エスターサァン……」
あ、アレンさんの声だ。口調が特徴的だしわかりやすいな。
「はーい?」
急ぎ足で戸口に向かって、部屋の戸を開けると、アレンさんが居心地悪そうにたたずんでいた。口がなにかを言いにくそうにもごもごしている。
「どうしたんですか?」
「そのォ……エスターサンとコンビを組むことをお話ししたら、エスターサンにも一度ギルドの受付に来ていただきたいとのことでェ」
「あぁ、そうですよね」
あんまりちゃんとは知らないけど、パーティ申請とか必要だったかもしれない。
言いにくそうにしてたからなにかと思ったけど、アレンさんの登録が終わったら依頼も探さないといけないわけだし、普通のことだ。
「すぐ準備しますね」
「はいィ……」
私が部屋に引っ込むときも、アレンさんはなんだか気まずそうにしていた。
とまあそんなこんなでギルドの建物に行くと、受付のひとが私に書類をいくつか差し出してきた。予想通り、パーティ申請の書類もある。
言われるままに書いていって、最後の書類だけちょっと雰囲気が違う。なになに……。
『再び先日の火災事件のような事故を起こした場合、迷惑料としてそれぞれ1,000ユールをギルドに支払います』
罰金の契約書だ。なるほど、アレンさんが言いにくかったのはこれか。たしかについこの間大火事騒ぎを起こしたふたりがコンビを組むとなると、警戒されるのも無理はない。
アレンさんの署名はすでにしてあるから私の名前を書くだけなんだけど、ただ……。
「あの、私の所持金、1,000ユールもないんですけど」
「その際は低利子のギルド貸付金がございます」
「あ……はい」
にっこり受付の人に言われて苦笑するしかない。借金制度まで整っているのは知らなかった。借金とかしたらお父さんになんて言われるかなぁ……。
いや、事故を起こさなければいいんだから、大丈夫。たぶん。
「では、こちらに署名を」
受付のひとが私に豪奢な羽根ペンを差し出してくる。契約書を書くときに使う「契約ペン」だ。
あ、と私はギルドに登録したときのことを思い出した。
「私、そのペンだとインクがあふれちゃうんです」
「……そうでしたね。少々お待ちを」
受付のひとは奥に引っ込んでいく。後ろで様子を見守っていたらしいアレンさんが私の手元をのぞきこんできた。
「『契約ペン』もあふれちゃうんですネェ?」
「初めて使ったとき大惨事でした。あ、あれも魔術道具ですか?」
「えェ、そうですゥ。私も定期的に納品しておりますヨォ」
「へえ、そんな仕事もしてるんですね」
世の中にはいろいろな仕事があるものだ。感心している私の隣で、アレンさんは受付の奥を見やる。
「『契約ペン』が使えないということはァ、『契約インク』の出番ですかネェ?」
「たぶん? 前に書いたときは普通のペンと特殊なインクって説明された気がします」
「おォ、素晴らしいィ! 『契約インク』は作るのが難しいわりに『契約ペン』のほうが便利なのでなかなかお目にかかれないんですヨォ!」
……アレンさんが急に興奮しだした。やっぱり魔術道具は自分の専門のことだから楽しくなっちゃうんだろうか。
そうとは知らず、受付のひとが豪華なインク瓶を持って戻ってくる。
カウンターの上に置かれるやいなや、アレンさんはどこから取り出したのかモノクルを装着してしげしげとそれを観察し始めた。
「やっぱり『契約インク』ですネェ……ほうほうこれはボトルに仕込んであるタイプですかァ……」
やりにくいなあ、と受付のひとと私がたぶん同じことを考えていたのに、アレンさんは少ししてから気付いたのか、ばっと体を引いた。ペコペコ頭を下げる。
「すみませんすみませんッ、つい夢中にィ……」
「あはは……」
というわけで私は普通のペンを受け取って、「契約インク」にひたす。署名をすると、受付のひとはにっこり業務用の笑顔を浮かべた。
「それではこれでアレンさんの冒険者登録とふたりのパーティ登録が完了となります。お仕事頑張ってくださいね」
アレンさんと一緒にはい、と返事をして、私たちは建物を出る。建物の向かい側が依頼が貼ってある掲示板の広場だ。
いつも通り今日もたくさん人がいて、それなりの数の依頼が貼ってある。私とアレンさんは早速依頼を探してみることにした。
「うーむゥ……対魔物系の依頼が多いですネェ……」
「そうですね……」
アレンさんいわく、私がこの間もらった「火打石」はまだ改良が必要そうだし、狙って当てるには練習も必要だから、まだ対魔物系の依頼は受けないほうがいいだろうとのこと。
そうなると雑用みたいな依頼を探すことになるけど、そういうのはみんな募集するまでもなく顔馴染みの人に頼んじゃったりするからそんなに数がない。
ん?
「アレンさん、これ……」
「ほォ?」
私の目に留まった依頼、それは。
『止まっている風車を回してほしい:400ユール』
エスター財布:401ユール63セッタ
エスター口座:69ユール
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