006 コンビ結成!
ウォーレン暦8年 陽春の月28日 夜
その日の夜。私たちは昨日と同じ位置で寝る支度をした。
私はベッドの上に立ち上がって、天井から吊り下がって部屋を照らす光を投げかけている手のひらくらいの大きさのガラス玉に手を触れた。ふっと光が消えて、部屋が真っ暗になる。
これも「光球ガラス」という魔術道具らしい。アレンさんいわく、「魔術道具」という呼び方が浸透していないだけで、魔術道具は身のまわりにあふれているのだという。
正直、全然気付いてなかった。たしかに言われてみればただのガラス玉が触っただけで光るわけがない。慣れって恐ろしいなあ……。
毛布に潜りこんで、ふう、とひと息ついたところで、アレンさんがふと口を開いた。
「エスターサンは貯金を一生懸命なさっているというお話でしたがァ……いったいなににお使いになるのでェ?」
「あぁ……」
夕飯のときに、これでお金が貯めやすくなります、みたいな話をしたっけ。あんまり貯金の目的はひとに話さないんだけど、アレンさんになら話してもいいかもしれない。
「……王都に行って、腕利きのお医者さんにこの体質を治してもらいたくて」
「あァ、なるほど」
この町のお医者さんは、初対面のアレンさんでも見破れた「魔術道具でなら魔法を使える」ということをきちんと教えてくれなかった。
それなのに治してもらうなんて絶対無理だと思う。アレンさんも苦笑した雰囲気だ。
でも王都のお医者さんは、魔力が最も多い一族と言われる王族やその周囲の人たちを普段からたくさん治療しているはず。
そんなお医者さんだったら、私の「魔力はたくさんあるのに詠唱魔法が使えない」という体質のことがもっと詳しくわかるかもしれない。
詠唱魔法が使えるように治してもらうことも、できるかもしれない。
アレンさんがふっと小さく笑った気配がした。
「魔術道具で他の人のように魔法を使おうとするとォ……かなりの数を携帯しないといけませんしネェ」
「あはは、たしかに」
くすくす笑って、沈黙が落ちる。私はなんとなく気まずくなって壁のほうを向いた。
「それじゃあ……おやすみなさい」
「おやすみなさいィ……教えてくださって、ありがとうございますゥ……」
後ろのほうから声がしたと思ったら、もう寝息が聞こえる。……なんていうか、適応能力高い人だな……。
翌朝。私が起きるとすでに起きていたアレンさんに見送られて広報配達をして、昨日のようにギルドの食堂の端で朝食を食べる。
半分くらい食べたところで、さっきからなにやらそわそわしていたアレンさんがようやく口を開いた。
「あのォ、ちょっとした提案があるのですがァ」
「なんですか?」
アレンさんはきょろきょろとまわりを見回してからぐっと私に顔を近付けてくる。
「私とアナタで冒険者コンビを組みませんかァ?」
「ふぇ!?」
私は思わずとんでもなく変な声を出してしまった。それは昨日から頭の片隅にあったけど言っていいのかよくわからなくて言わずにいた言葉だったからだ。
まさかアレンさんのほうから言われるなんて……? 私が一周回ってぽかんとしてしまうと、アレンさんは顔をもとの位置に戻して座りなおす。人差し指をぴんと立てた。
「私はギルド全体で露店権が停止されているようなのでどこに行ってもしばらく露店はできませんがァ、冒険者として依頼を受けてはいけないと言われたわけではありまセン」
「ほ、ほう」
「ですがァ、私、おわかりのように魔力が驚くほど少ないのですネェ」
「あ、あはは……」
魔力が少ないから筋力を鍛えたという闘士のヴィックさんや、冒険者をしないで薬草商をやっているクラウドさんと比べても、アレンさんはその10分の1くらいしか魔力がない。
昨日の話でいうと、シェリーが100発は余裕で撃てる【火球】を、アレンさんは10発撃てるかどうか、途中で気絶してしまうかもしれない。そんな感じだ。
ひとの魔力を比較するのは失礼だから意識しないようにしてたけど、驚くほど少ないのはたしかだ。
「しかしィ、逆にエスターサンは魔力がたくさんあるのに魔法を使うのに支障があるわけでしてェ」
「えーっと、そうですね……?」
「お互いの弱点を補い合えばなかなかよいコンビになれると思うのですがァ、いかがでショウ?」
「そうなると……どうなるんですか?」
「私がエスターサン専用の魔術道具を作りィ、エスターサンがそれを使って依頼をこなすという流れになりますネェ。もちろん使い方があるので私も同行しますゥ。報酬の半分くらいをいただければ元はとれますネェ」
「…………」
普通の依頼の相場は1件100から300ユール。仮に300ユールの依頼だとして、今までなら私が混ざった4人くらいで依頼をこなして、私にくるのは27ユールくらい。
でもアレンさんと折半したら手数料引いても142ユール50セッタ。ひっくり返りそうな差だ。
「なんかそれ、私に得がありすぎる気がするんですけど……」
アレンさんはぶんぶんと首と手を横に振った。
長い前髪が遠心力でふわふわ浮き、ゆったりした袖口が動きに追いつけなくてゆらゆらしている。
「実はエスターサン専用魔術道具を作ってからインスピレーションがたくさん湧いてきているのですネェ。それを実際に形にできて使っていただければなによりの喜びデスのでェ、えェ。お互いにお得な話ですヨォ」
「そういうもんですか?」
「そういうもんですゥ」
そう言われてしまうと、もう断る理由がないというか、むしろ大歓迎というか。
昨日の護衛は特別で、基本的にギルドの仕事をするときは一時的にパーティに混ぜてもらうだけだったから、気兼ねする相手もいないし。
「えっと、あの、じゃあ……よろしくお願いします」
私が手を差し出すと、アレンさんは嬉しそうにぎゅっと握り返してくれた。
エスター財布:22ユール13セッタ
→19ユール63セッタ
エスター口座:439ユール
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