005 「火打石・改」
ウォーレン暦8年 陽春の月28日 夕方
私は掲示板広場をざっと見渡した。アレンさんらしき人影はない。
広場から伸びている小道をいくつか覗き込んでいくと、そのうちのひとつの道端でアレンさんが布を敷いて座っているのが見えた。近付いて声をかける。
「アレンさん、戻りました」
「おォ、おかえりなさいィ」
アレンさんは手に持っていた黒い石を置いて、顔のあたりをごそごそする。もさもさの前髪の奥からモノクルが出てきた。
作業用に使ってたんだろうけど、モノクルを使う以前にそもそもその前髪で前がきちんと見えているのか怪しい……というのはつっこまないでおこう。
「ちょうどお渡しする魔術道具ができましたヨォ」
アレンさんはさっき持っていた黒い石をふたつ持ち上げてにっこり口角を上げる。でもそれって……。
「昨日売ってた『火打石』じゃないんですか、それ?」
「いえいえェ、特注品をお作りするって言ったじゃないですかァ。これはいうなれば『火打石・改』ですネェ」
「…………?」
首を傾げる私をよそに、アレンさんはささっと道具や布を片付ける。一式を大きな木箱に入れて背負うと、広場のほうへ手で私を促した。
「実際に使ってみるのがわかりやすいですからァ、少し町の外に出まショウ」
「はあ……」
クタクタってほどじゃないからちょっと出るくらいなら別に構わないけど、いったいどのへんが特注品なんだろうか。
パッと見た感じだと、なにも変わってないように見えるんだけどなあ……。
町の外に出るとすぐ草原だ。草原の広さを見て、アレンさんがふむゥ、と納得したように頷いた。
「ここなら大丈夫でショウ。まずはコチラの瓶を持ってみてくださいィ」
アレンさんが木箱から手のひらに収まるくらいの大きさの丸っこい瓶を取り出す。渡されて手に取った瞬間、瓶の中が青緑色の液体でいっぱいになった。
「おォ、さすが魔力の量が多いだけあって速いですネェ」
「……
「えェ、万が一またエスターサンが魔力の使いすぎで倒れられては大変なのでェ」
アレンさんはなんでもないように言ったけど、手に持っただけでポーションが湧くなんて、薬草商のクラウドさんに教えたらすごい勢いで食いつきそうなしろものだ。
「こんな魔術道具もあるんだ……」
「えェ、そりゃあもういろんなものがァ。では早速『火打石・改』を実践してみまショウ!」
瓶と交換でさっきの黒い石――「火打石・改」を渡されて、私は少し心配になる。また大火事には、ならない、よね?
うかがうようにアレンさんを見ると、アレンさんは草原の広がる地平線を指差した。
「今回は地面と並行の向きに、アチラへ火を飛ばすイメージでこすってみてくださいィ」
「向こうに火を飛ばすイメージ……」
相変わらずよくわかんないけど、とにかくやってみよう。ごくりと息を呑んで、アレンさんが示した方向に石をこする。
カシュッ。
ボッ、と瞬間手元が熱くなって、次の瞬間には大きな火の玉がこすった方向へと飛んでいた。2メテラくらいの距離飛んで、ふっと消える。
……【火球】の詠唱魔法に、似てる。魔法士のシェリーが普段使ってる【火球】の3倍くらいの大きさだったけど。
「どうですゥ?」
「なんか……軽く普通の3倍くらいの大きさの【火球】が出ましたけど……」
アレンさんはうんうんと頷いた。
「これは使用者の魔力全体の1,000分の1を一度に使うように制限をかけてありましてェ、エスターサンは先日の火事の件から考えまして常人の30倍くらいの魔力をお持ちですからァ、通常の攻撃魔法が使用者の魔力全体の100分の1を消費すると考えると」
めちゃめちゃ早口のアレンさんを私はどうにか押しとどめる。
「えーっと、つまり?」
「1,000分の30は100分の1の3倍ですのでェ、エスターサンが3倍の大きさに感じたというのは私の計算がおおよそあっていたということですネェ。よかったデス、はい」
嬉しそうなアレンさんに、私はもう一度確認したいことがあった。
「本当に、これ、くれるんですか……?」
「お宿代ですからァ。もちろんですヨォ」
「…………」
つまり、これで、私も暴走させずに【火球】だけは使えるようになったということだ。全く魔法が使えないのと比べて、大きな前進。
まあ、使える魔法がひとつだけっていうのは、ちょっと不便だけど。お金を貯めるのは、きっと今までより少しは楽になる。
「ありがとう、ございます」
「いえいえェ。喜んでいただけたならなによりですヨォ」
それでは、とアレンさんは魔術道具が詰まっているのだろう大きな木箱を背負い直す。
「私はそろそろ隣町へ移動しようと思いますのでェ、……?」
気付いたら、私はアレンさんのひらひらした服のすそをつかんでいた。
「その、もう夕方だし、もうひと晩泊まっていったらどうですか。タダで」
エスター財布:29ユール63セッタ
エスター口座:439ユール
エスター持ち物:火打石・改
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