009 魔術道具をつくるには

ウォーレン歴8年 緑風の月2日 朝



 私とアレンさんは特に約束したわけでもないけど最近一緒に朝食をとっている。今日はその朝食のあと一度解散して、買い物の支度をして集合住宅の前で待ち合わせることになった。


 この町に来てまだ間もないアレンさんはギルド横の露店街くらいのことしかわからなくて、私がほかの店なんかを案内するためだ。


「エスターサン、お待たせいたしましたァ」


「はーい」


 あとから来たアレンさんに軽く応じて、私たちは歩き出した。やっぱり買い物だから商店街を案内するべきだろうな、と思って、その方向に歩く。


 ここケミスの町は街道沿いにできた宿屋と商店が大きくなって町になったとか言われていて、だから町の真ん中に商店街がある。


 ちなみに露店街は商店街のある区画から通りを一本街道に面した門の方に行くと広がっている。街道を通る旅人は露店街を見て、商店街を通って、またもうひとつの露店街を見て、町を出るといった風情だ。


 とかなんとか考えているうちにあっさり商店街の入り口に着いて、私は腕を広げた。


「こちらが商店街になります」


「おォ……」


 感心しているふうのアレンさん。他の町はどうだか知らないけど、一応この町のウリは商店街なので、そういう反応は素直に嬉しい。


「で、どんなものを買うんですか?」


「そうですネェ……大きめの扇が欲しいところですゥ」


 扇。暑いときにちょっとあおぐと風が涼しいあれを、魔術道具に改造するということなんだろうか。大きめとなると、どこに売ってるかなぁ……?


 とりあえず大通りの両脇の店の外陳列をちらちら見ながらゆっくり歩き出す。アレンさんも私の隣で同じように首を左右に動かしている。


「扇っていうと、やっぱり風を吹かせる魔術道具用ですか?」


「えェ。魔術道具は形状も大事なのですネェ」


「へえ……」


 とかなんとか言っていたら、生活雑貨の店が目に入った。だんだんあったかくなってきたし、もしかしたら扇も入荷してるかも?


「アレンさん、あそこ、生活雑貨屋さんなんですけど入ってみます?」


「そうですネェ、入ってみまショウ」


 外陳列にはバケツとかモップなんかが置いてあるその店に入ると、朗らかなおばちゃんの声が出迎えてくれた。


「いらっしゃい。ゆっくり見ていっておくれ」


 というわけで、二人で左右に別れて扇を探す。私はうっかり園芸バサミに目がいったけど、いや、まだ使えるのに買うのはもったいないから我慢だ。昨日の夕方新しい花の苗買っちゃったし。


 扇は置いてなくて、手ぶらでまた店の中央あたりに集まると、アレンさんはなぜか耳栓を手にしていた。耳栓?


「ちょっといいことを思いつきましたのでェ、こちらを買おうかとォ」


「は、はあ……」


 アレンさんって何を考えているのか全然わからない。私は耳栓の会計を済ませるアレンさんをぼんやり眺めた。そしてふたりで店を出る。


 そのあとも商店街のお店をちょこちょこ覗いたけど、いまいちアレンさんのお眼鏡にかなう扇はなかった。持ち運びしやすい小さいのならいくつかあったんだけど、それだと使いたい魔法に耐えられなさそう、という話。


 まあたしかに、風車を回すほどの風を起こすんだから、細い木の棒に布を張ったような普通のじゃダメそうだ。でもそうなると、どんなのがいいんだろう?


 結局私たちは商店街をすっかり通り過ぎて、町の反対側の露店街の方まで来てしまっていた。ちょっと澄ました感じの商店街とはまた違った呼び込みの声が、ガヤガヤとにぎやかだ。


「アレンさん、どうします?」


「うーむゥ……露店のほうも見てみますかネェ。意外と掘り出し物があるかもしれません」


「はーい」


 というわけで私たちは露店街の雑多な人混みの中に入っていく。私はアレンさんと出会ったときのことをふと思い出して小さく笑った。


「アレンさんもついこの間までこうやって露店出してたんですよね」


「えェ。エスターサンと出会ったときは大事故でしたネェ」


「あはは、ごめんなさい」


 おかげで私は口座残高が2ケタだ。もう子供じゃないのに子供みたいな貯金金額。


 そんなことを話していたら、アレンさんがとある露店の前で立ち止まった。宝飾品とかそこそこ高そうなものを置いてあるギラギラした店だ。


「そちらの飾り扇を見せていただいてもォ?」


 アレンさんが指さしたのはこれ見よがしに飾ってあった木の板を連ねた大きい扇。いや、たしかに大きいし頑丈そうだけど、店の品揃えからして高そう。


「いいけど、大事に扱ってくれよ」


 露店商のおじさんが差し出したその飾り扇を、アレンさんは片手で受け取って、もう片方の手で器用にモノクルを装着する。そのまましげしげと観察を始めた。


「ほうほう、なるほどォ……」


「すごいだろ、なんてったって100ユールするからな」


 ひゃ……ひゃく……!?


 驚く私とは対照的に、アレンさんはクスリと笑う。なにやら楽しそうだ。


「ご冗談をォ。ケタがおかしいですネェ?」


「なんだって? 高級品のメリヒバの扇なんだ、そのくらいするさ」


「メリヒバにしては色が黒いですから本物か怪しいですしィ、観賞用なら避けてあるはずの節もそのまま使ってありますからァ、これはぼったくりですヨォ。メリヒバの取引証書はお持ちですゥ?」


「ぐっ……」


 よくわからない単語がぽんぽん出てきたと思ったら露店商のおじさんが頭を抱えた。アレンさんがぼったくりを見抜いたらしい。


 さすが同じ露店商をやっていただけある……ということなんだろうか。


「加工技術はまァ悪くないのでそうですネェ、20ユールに騙されかけた迷惑料引いていただいて15ユールで買わせていただきたいデス」


 なんか5分の1以下になってるんだけど。露店ってたまに怖い人がいるって話は聞いたことあったけど、本当にぼったくりってあるんだ……。


「15は勘弁してくれ、20」


「嫌デス。15」


「それは無理だ」


「……なんなら他のお品物のお値段を全部訂正してもよろしいのですがァ」


「……わかった、17!」


「じゃあそれで買いまショウ」


 ……なんかちょっと怖い発言が聞こえた気がするけど、とりあえず商談は成立したらしい。ぼったくりするほうも悪いしね。うん。


 そんなわけで、渋い顔になった露店商のおじさんを後ろに、ほくほくした雰囲気のアレンさんとすっかり気圧された私は、魔術道具のもとになる扇を無事手に入れて集合住宅に戻ったのであった。




エスター財布:388ユール95セッタ

エスター口座:69ユール

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