第23話 仲直り

「精神的なショックで、一時的に気絶しただけだろうな。外傷や病気の兆候などは、特に見当たらなかった」

「分かりました。ありがとうございます」


 既に医師に診てもらっていたマリアンネは、すやすやとベッドで眠っていた。


「しかし、また君と会うとはな。何かと縁があるように思える」

「そうですね、つい昨日診ていただいたばかりですし」

「だな。とはいえ、仕事は仕事。怪我や病気などがあれば、このライムントが診るとしよう」

「よろしくお願いします。そうだ、遅れましたが、僕はランベルトと言います」

「ランベルト君か。よろしく」


 ランベルトとライムントが、握手を交わす。


「ん……」


 と、マリアンネが目を覚ました。


「おや、起きられたようで」

「先生……ここは?」

「学園の医務室ですよ。診たところ、何の問題もありませんでした。一晩安静にすれば、じきに治るでしょう」

「分かりました……ありがとうございます」


 目覚めたばかりではっきりとしない意識の中、マリアンネが答える。

 と、何かを探すように首を左右に振り始めた。


「ああ、いけない。あまり頭を動かしては」

「そうですわ。お体に差し障ります」

「ヴォルゼフォリンは……ヴォルゼフォリンは、どちらにいらっしゃいますの?」

「ここだ。マリアンネ」


 呼ばれたヴォルゼフォリンが、マリアンネの目の前にひざまずく。


「良かった……。少し、二人きりで話がしたいのです」

「だそうだ。三人とも、ちょっと空けてくれ」

「僕は、もちろんいいよ」

「私もですわね。先生は?」

「私も構わん。ただ、病人や怪我人が来た場合は別だ。それで良ければ」

「もちろんだ。仕事だからな」


 かくしてお邪魔虫三人は医務室から退室し、マリアンネとヴォルゼフォリンだけが残った。

 わずかに沈黙が部屋を満たすが、すぐに破られる。


「ねぇ、ヴォルゼフォリン」

「何だ?」

「貴女に……お詫びしないとね」


 立ち上がろうとするマリアンネを、ヴォルゼフォリンが止める。


「無理はするな。安静に、と言われただろう」

「そうね。では、横になったままで申し訳ないのだけれど……」


 マリアンネはベッドから上半身だけを起こすと、わずかに前に傾けた。


「本当に、ごめんなさい」


 しずしずと、謝罪の意を示す。

 それを受けたヴォルゼフォリンもまた、頭を下げた。


「いや、私こそ言い過ぎた。この通り、詫びさせてほしい」

「でしたら、両成敗……ということで、いかがでしょう?」

「いいな。そうしよう」

「和解成立、ですわね」


 ヴォルゼフォリンとマリアンネが、握手を交わす。


「さて、これで無事解決したわけだ。そろそろ二人を呼んでもいいか?」

「お待ちなさい、ヴォルゼフォリン。貴女についての話、興味があります」

「おや、珍しいな。ランベルトに刺激されたか?」

「そうなりますわね。いろいろ聞いてみたいことがありますの」

「構わんさ。私に直接聞けるのは、一生に一度あるかないかの機会だからな。何でも聞け」

「何でも……よろしいですのね?」

「ああ」


 ヴォルゼフォリンはどんなことでも聞かれるつもりで、マリアンネに話題を振った。それこそ、ランベルトとの色恋沙汰に関することでも、だ。


 ややあって、マリアンネは最初の質問を投げる。


「ランベルトの身に、何がありましたの?」

「それか……。正直、予想外の質問だな」

「何でも答えていただける、そう仰っていましたので。実際のところ、どうしたのでしょうか? ランベルトは」

「うーむ、デリケートな話題だな。本人に聞きたいところだが……まあいい。その話題、ランベルトには言ってくれるなよ?」

「もちろんですわ」


 マリアンネの言葉を信じたヴォルゼフォリンは、これまでのいきさつを話した。


「……というわけだ。母親だけは止めたらしいのだが、結局家を放逐ほうちくされた」

「許せませんわね。ランベルトは好きですけれど、アルブレヒト家は別ですわ」

「もっとも、あの天才児を自らの手で絶縁した以上、どうなろうと知ったことではないがな。元より部外者である私はもちろん、ランベルトにとっても、だ」


 ヴォルゼフォリンは、冷淡な様子で語っていた。


「うーん、私が今すぐ結婚を申し込んで、エールネス家に婿養子むこようしとして迎え入れさせましょうか」

「それは本人次第だな。だが、アルブレヒト家への復帰を『嫌ですよ、つまらないから』と断ったのだ。ランベルトの目的とどこまで干渉するかは知らないが、難しいんじゃないのか?」

「提案だけしてみますわね。ところで、ランベルトにとって貴族復帰より面白いこと……何なのでしょうか」


 ヴォルゼフォリンの言葉に、マリアンネは漠然とした興味を示す。

 その興味に答えるように、ヴォルゼフォリンが質問を投げかけた。


「マリアンネ。お前は、“黒い海”を知っているか?」

「黒い海……ですか? 聞いたこともありませんわね」

「そうか。では、よく聞いてくれ。黒い海というのはな……」


 ヴォルゼフォリンは、ランベルトに語った事とそのまま同じ内容をマリアンネに告げる。


「まあ、そんなものが空の上に……?」

「私がこの目で見てきた景色だ。ランベルトとある約束をして、それが叶ったら連れていってやることになったのさ」

「その約束、私も混ぜてもらっていいかしら?」

「どうした? 黒い海が見たくなったのか?」

「そうよ。私がこの学園を卒業して、名実ともにエールネス家の当主になる……その前に、是非ともこの目に収めておきたいの。ランベルトがそこまで憧れるんですもの、気になって仕方ありませんわ」


 マリアンネの言葉に、熱がこもってくる。


「そうか。ならばお前も連れて行こう」

「あら、そんなあっさり許して下さるのでしょうか?」

「もちろんだ。ランベルトだけ、ということはせんよ。見たい者には見せる、それが私の信条だ」


 ヴォルゼフォリンの言葉に、目を輝かせるマリアンネ。


「私たちも知らない未知の世界……どんなものなのでしょうか」

「そこまで楽しみにしているとは。ただな」


 と、ヴォルゼフォリンが釘を刺す。


「私が乗せられる人数には限界がある。いくら私でも、その人数を超えて連れてはいけないな。そうだな……2人、詰めて3人と言ったところか」

「3人……。操縦席、意外と広いんですのね」

「まあな。とはいえ、普段は1人乗りだ。ランベルトが小柄なのも、あるだろうがな」

「そうですわね……。もっとも、二人きりで操縦席に乗るのもいいかもしれません」


 マリアンネがうっとりした様子で話しかけると、ヴォルゼフォリンがからかいだす。


「いいぞ、存分にいちゃつけ若人わこうどたちよ」

「貴女もでしょう」

「私は数千年生きたのだ、見た目はこうして若く整えているが、心はとうに老いているぞ」

「その見た目でおばあちゃんだと言われても、実感が湧きませんわ」

「まあな。今を生きる者達に合わせた見た目をしている……というのは嘘だ。私は人間の姿をしている時、何千年経とうとこの姿なのだよ。そう造られたのだからな」

「あら……」


 思いがけず深刻そうな話になったのを感じ取って、同情の念を見せるマリアンネ。


「おかげでいつでも健康体だ! 肉体的な老いとは無縁で、ずっと人間の営みを見られたのだからな! ハッハッハ!」

「私の同情を返しなさい!?」


 だがヴォルゼフォリンは、まったく深刻に思っていなかった。それどころかむしろ、今の状態を楽しんでいたのである。


「何だ、マリアンネ。私がこの姿を悲観するとでも思ったのか? まさかそんな。この姿のおかげで、ドギマギするランベルトが見られるのだからな!」

「ぐぬぬ……!」

「しかしマリアンネもなかなか魅力的な体つきじゃあないか。一度ランベルトにアプローチしてみたらどうだ?」

「は、はは、破廉恥はれんちな!」


 横になっていたのはどこへやら、安静にしろという指示はどこへやら。




 マリアンネとヴォルゼフォリンは仲直りの証として、しばらくワイワイ話していたのであった。

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