第24話 振り返りと翌日と

 それから少しして、ヴォルゼフォリンたちはマリアンネを央龍寮に連れ帰る。もちろん、医師であるライムントのお墨付きを得た上で、だ。


「ここだな、1201号室」

「今開けます……どうぞ」

「助かる。ほらマリアンネ、着いたぞ」

「ん……ありがと」


 マリアンネをベッドの上に寝かしつける、ヴォルゼフォリン。


「後はフレイアに任せるとしようか」

「もちろんです。可愛い後輩の面倒を見るのも、私の仕事ですから」

「またね、ランベルト。ヴォルゼフォリンも」

「ああ、また明日」


 マリアンネと挨拶を済ませたランベルトとヴォルゼフォリンは、すぐ隣にある自室に向かう。

 そのまま鍵を開けて部屋に入ると、すぐにタオルや着替えを持って混浴に向かった。


     ***


「さて、ランベルト」


 湯船に浸かって早々、ヴォルゼフォリンは話を切り出す。


「私の操縦には、慣れてきたか?」

「うん。何だろう、ずっと昔に乗ってたような気分なんだよ」


 ランベルトは心中で、奇妙な懐かしさを感じていた。


「しばらく乗ってないから感覚を忘れてて、でも久しぶりに乗ったらすぐに思い出した……そんな気分かな」

「それはいいな。もっと私に慣れろ。続ければいずれ、お前の肉体そのものと錯覚するくらい完璧に乗りこなせるだろうからな」

「うん。黒い海も見たいし、ずっと大好きだったヴォルゼフォリンも乗りこなしたいからね」

「その意気だ」


 ヴォルゼフォリンは静かに、ランベルトと肌を触れさせる。


「……近いよ?」

「近づいたからな」

「もう、ヴォルゼフォリンったら」

「恥ずかしいか?」

「うん」


 相変わらず、ランベルトはヴォルゼフォリンの姿を見て、恥ずかしさを感じてしまう。

 しかし嫌悪感は、どこかに消えてしまった。


「けど、昨日よりは良くなったかな。ちょっとだけ、見慣れたのかも」

「その調子だ。モテる男は女性の裸を平然と見られるものだぞ」

「そこまでは……いかないかな」


 しょげだすランベルトを見て、ヴォルゼフォリンは目線を合わせて言う。


「一歩ずつだ。昨日より今日、私の裸を見ても平気になってきたように、一歩ずつ進め。大きく進まなくてもいいから、確実に前に行くんだ」

「う、うん」


 ランベルトの目に自信が戻ってきたのを見ると、ヴォルゼフォリンは顔をほころばせる。


「その調子だ。そうやって少しずつ、自信を付ければいい。ランベルト、お前は強い男なのだから」

「ありがとう、ヴォルゼフォリン。そう言ってくれて嬉しいよ」

「当たり前だ、今まで恋をしなかった私に恋をさせた男なのだから。お前が死ぬまで添い遂げてやる」

「そんなこと言われたら、また照れちゃうよ」

「照れてしまえ。私に可愛い顔を見せるんだ」

「もう、ヴォルゼフォリンったら」


 はにかむランベルトだが、昨日とは打って変わってどこか嬉しそうだ。


 それからしばし、二人は温まっていた……。


     ***


 翌朝。


「おはよう、ヴォルゼフォリン。朝だよ」

「ん……おはよう、ランベルト。今日は早いな」


 昨夜もさんざん話をしていたランベルトとヴォルゼフォリンだが、話を聞いている途中でランベルトが寝落ちしてしまったのである。

 ちなみにその時、ヴォルゼフォリンが頭を撫でた上にほっぺたにキスをしていたのだが、寝ているランベルトは気付かなかった……というのはほんの余談だ。


「うん、ヴォルゼフォリンに乗るのが楽しみだったから」

「まったく、いつからそんな変態になったんだ? ランベルト」

「そっ、そういう意味じゃないよ!」


 慌てだすランベルトの肩に、ヴォルゼフォリンは手を乗せる。


「冗談だ。さて、今日も御前試合に向けて鍛えるか」

「そうだね。まずは美味しいスープを食べに行こっか」


 今日も昨日と同じように、朝食を食べに向かった。

 と、隣の部屋の玄関が開く。


「おはよう、ランベルト。ヴォルゼフォリンも」

「おはよう、マリアンネ。元気そうだね」

「うん。おかげさまで、すっかり元通り。体も、気持ちもね」


 隣の部屋から出てきたマリアンネは、すっかり元気さを取り戻していた。


「おはようございます、お二方。私もご一緒させていただけますか?」

「おはようございます、フレイアさん。もちろんです」

「今日もランベルトを鍛えてもらうからな。よろしく頼むぞ」

「もちろんです。私とディナミアが、全力でランベルト様を鍛えて差し上げましょう」


 フレイアも心なしか、やる気に満ちているように見えた。


「ですが、その前に。一日の英気は朝食から、です」

「賛成だ。あとの話は、歩きながらか朝食を食べてからにしよう」

「私も賛成ね」


 こうして四人は、レオニーおばさんのスープを食べに向かったのであった。


     ***


「さてと」


 それからさらに、30分が経ってのこと。


「フレイアさんが準備してくれてる間に、僕たちも準備しないとね」

「そうだな。ランベルト、私に触れていろ」


 ヴォルゼフォリンが本来の、人型巨大兵器の姿へと戻る。

 わずか1秒にも満たぬ時間で搭乗を終えたランベルトは、今日の目標を尋ねた。


「今日はどんな武器を使うの?」

「そろそろ遠距離武器を試してみるのもいいだろうな。威力はこちらで加減するから、まずはフレイアのディナミアに当てる事を考えろ。照準、発射、どちらもお前の仕事だ」

「わかった、やってみるよ。そういえば、ずっと剣や格闘だったもんね」

「そうだ。武装を全て使いこなせるようになるまで、乗りこなせたとは言わせんぞ」

「うん!」


 新たな兵装を使わせたいヴォルゼフォリンに、新たな兵装を使ってみたいランベルト。

 二人の目指す方向は、完全に一致していた。


「とはいえ、近接戦の練習を怠るわけにもいかん。光剣か実体剣か、どちらか好きなのでいいから構えておけ」

「どっちでもいいの?」

「ああ。すぐに持てて取り回しやすい光剣か、若干構えるまでの隙はあるがよく斬れる実体剣か。判断はお前に任せる」


 ヴォルゼフォリンの指示に、ランベルトはコクコクとうなずく。


「さて、事前に話しておくのはここまでだ。そろそろ行くぞ」

「うん。行こう、ヴォルゼフォリン」


 事前の打ち合わせを済ませたランベルトとヴォルゼフォリンは、スタジアム中央へと向かう。

 ちょうど同じタイミングで、フレイアのディナミアも来ていた。


「準備はよろしいようですね」

「ああ。さて、前もって言っておく」

「何でしょうか」

「今日は、ランベルトに遠距離の武装を使わせる練習もしたい。威力はアントリーバーでも耐えられる程度に落としておくから、標的になってくれ」

「願ってもないですわね。ディナミアの装甲であれば、少々の被弾は問題ありません」

「助かる。では、よろしく頼むとしよう」


 ひと通りのやり取りを終え、ヴォルゼフォリンとディナミアが武器を構える。


「では、胸を貸すとしよう」

「おや、“借りる”の間違いでは?」

「私は貸す側だ。借りるのはあくまでランベルト。私を操縦するのも、胸を貸す内に入るからな」

「左様でしたか。でしたら貸す側として、無様な戦いはできませんね」

「その意気だ。始めよう」

「ええ」


 そして、一瞬の静寂の後――どちらからともなく、両機は全力で疾走した。


     ***


 そんな鍛錬の様子を、憎らしげな表情で眺める男たちがいた。


「エーミール様、あれが例の機体です」

「言われなくても分かっている。マリアンネを一方的に倒した、許しがたい機体だ」

「では、あの計画を実行されるのですか?」

「ああ。今日の午後に、模擬戦が授業で行われる。そこが絶好の機会だ」




 エーミールとその取り巻きたちは静かに、悪意のこもった笑みを浮かべていた……。

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