第21話 訓練初日~模擬戦1~

 いつものようにレオニーおばさんのスープを頼んだ四人。

 食事中、マリアンネはふと呟いた。


「私も、ランベルトと戦ってみたいな。そう思うと、会長やアラン教官がちょっと羨ましいかも」


 ランベルトの幼馴染であるマリアンネとは、何度かアントリーバーの練習をしていた。しかしランベルトのアントリーバーを操縦する技術は既に最悪極まりないものであると証明されているため、そもそも戦う以前の問題だったのだ。

 そのため、マリアンネはアントリーバーに関しては、ランベルトと戦った経験がまったく無いのである。


「なら、戦ってみる?」


 ランベルトが答えたその時、ヴォルゼフォリンが珍しく慌てた様子で止める。


「やめておけ。フレイアでさえランベルトの乗る私を御するのに手こずったのだ、勧められたものではないぞ」

「そんなの……やってみないと分からないじゃない」


 その言葉に反応して、マリアンネが闘志を持ち出す。

 以前までヴォルゼフォリンに向けていた態度とは若干違っていたが、目には怒りが宿っていた。


「私だって、エールネス家次期当主として鍛えられたのよ。見くびられたままで、引き下がれるものですか」

「見くびってはいない。お前の強さもまた、見てきた。しかしそれでも、アントリーバーを使う限り私には追い付けない。これは忠告だ」

「その態度が不愉快なのよッ!」


 滅多に見ないマリアンネの態度に、幼馴染であるランベルトすら驚いていた。それすらも目に入らず、マリアンネは続ける。


「いいこと? 私の鍛えられた力、見せて差し上げてよ! ヴォルゼフォリン、私マリアンネ・グレージア・エールネスは、貴女にアントリーバーでの決闘を申し込みますわ!」

「ちょ、ちょっとマリアンネ……」

「ランベルト、ごめんなさい。それでも、今のヴォルゼフォリンの言葉は聞き捨てならないのですわ」


 やんわりと、しかし明確に拒絶するマリアンネ。

 それを見たヴォルゼフォリンは、涼しげな声でランベルトに語り掛けた。


「ランベルト、いい機会だ。マリアンネの……お前の幼馴染の頭を冷やしてやれ」

「えっ、僕が?」

「そうだ。それに私は、お前がいないと動けない」

「そうだっけ……? 伝承では『誰も乗っていないはずなのに、ひとりでに動いた』ってあったけど……」

「まぁな、私だけでも動くことはできる。いや、戦うこともできる。だがそれは、まったく重要じゃないんだ」


 聞き分けのない子供を優しく諭すように、ヴォルゼフォリンは語り掛ける。


「マリアンネを止められないようでは、お前に黒い海を見せてやることは出来んぞ」

「ッ、それを言われたら……」


 明らかに尻拭いを押し付けようとしているヴォルゼフォリンだが、目標を出されてしまってはランベルトも逆らえなかった。


「そうしょげるな。私の言い方にも、悪い点はあったのかもしれん。責任の一端は受け入れよう。だがな、見方を変えろランベルトよ。お前が強くなる機会そのものが、自分から近づいてきてくれたんだ。マリアンネの姿を取って、な。分かるか?」

「ちょ、ちょっとなら……。マリアンネに鍛えてもらうチャンス、ってことかな?」

「その通りだ。マリアンネ、その決闘、謹んで受けよう。ランベルトと一緒にな」

「良くってよ。13時から始めるわ」


 かくして、ランベルトとヴォルゼフォリン対マリアンネの決闘が始まろうとしていたのであった。


     ***


 昼食後すぐのスタジアム前。

 “今までにない未知の機体 vsバーサス エールネス家の令嬢が駆る一族の誇り”という分かりやすい触れ込みに惹かれた生徒たちが、ワラワラと集まっていた。


 ヴォルゼフォリンは既に本来の姿に戻っており、ランベルトも搭乗済みである。準備は、既に十分整っていた。


「すごい人数だね……」

「ああ。だが、やることは変わらん。それとも、緊張する性格なのか?」

「ううん。それに、僕が直接見られるわけじゃないからね」

「そうだ、それでいい。さて、肝心のマリアンネの機体だが……あれほどの言葉に見合うかどうか、見せてもらいたいな」


 やや冷淡な物言いをするヴォルゼフォリン。さすがにランベルトも、見過ごせなかった。


「その言い方は無いんじゃない?」

「残念だがな、ランベルト。アントリーバーという枠に属する以上、どうあがいても私の劣化コピーと呼ぶ他ないのだよ。どれだけ強化しようとも、な。蟻一匹と象一頭の差よりも広いのだ。それはお前が一番よく知っているだろう?」


 珍しく、ヴォルゼフォリンはランベルトの言葉を黙殺する。


「うん……それはね」


 マリアンネに思うところがあるゆえだったのを、ランベルトは薄々ではあるが悟っていた。


「さて、ランベルト。朝からの制約は、まだ続いているぞ」

「制約?」

「背中の剣だけで戦い、勝て。それが制約だ」


 そう言われて、ランベルトは言葉に詰まる。


「出来ないか?」

「いや、やってみるよ。マリアンネに勝ってみせる」

「その意気だ」


 改めて決意を固めたランベルトは、ヴォルゼフォリンを前へと歩かせた。

 反対側の格納庫から、青と白の優美な機体が姿を見せる。


「マリアンネ、その機体は……」

「お父様から譲り受けたものですわ。エールネス家が代々受け継ぐ機体、名を『ローレライ』と言います」


 槍を構え、重厚な外装を纏うローレライは、しかし肝心の本体部分が細く見える。女性的な丸みを帯びた胸部に、細い腰。そしてしなやかで、余計な機構を排した両脚。

 大きなシルエットに反して、中量級程度といった外見だった。


「確かに並の機体ではない様子が、ありありと見て取れるな」

「そうでしょう? 仮にも一族当主の乗る機体。量産機であるティアメルやメルエスタルなどと、同じくくりに含めないでほしいですわね」

「そうかもしれないな。だが私からすれば、やはり大差は無い」

「ッ、この……!」


 マリアンネは斬りかかろうとして、しかしギリギリで踏みとどまる。仮にも“決闘”である以上、合図無き状態での攻撃は許されなかった。


 と、ヴォルゼフォリンはランベルトにだけ聞こえるように呟く。


「ランベルト、幼馴染の鼻っ柱を折る準備はできたか」

「うん。あまり気は乗らないけど、ちょっとヴォルゼフォリンを意識しすぎてるからね。ちょっと叱るくらいは、僕でもするかな」

「良し。ならば、あとは勝つだけだ!」

「うん!」


 気合十分といったタイミングで、ヴォルゼフォリンが背中にある大剣のつかを握りしめ、構える。

 次の瞬間、魔力の刀身が伸び、実体を有する刃となった。


「待たせたな。これで私も、準備は整った」

「随分長かったじゃない。けれど、存分に戦わせてもらうわ。私たちの誇りを侮辱されて、黙ってはいられないですもの」

「この後の戦いで証明してみせろ」

「言われずとも……!」


 立会人として選ばれたフレイアは、合図を放つ。


「これより、マリアンネ・グレージア・エールネス対ランベルトとヴォルゼフォリンの決闘を始める。双方、構え!」


 合図に従って、両者が機体に武器を構えさせる。間違いなく見届けたフレイアは、さらなる合図を放った。




「始め!」

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