第20話 訓練初日~訓練~

「はあぁっ!」

「せいっ!」


 互いの得物が火花を立てて、激突する。出力に恵まれたヴォルゼフォリンとディナミアが生み出す勢いは、地面に互いの脚部を食い込ませるほどだった。


 全力ではないが十分に力のこもった一撃は、しかし互いに決定打に至らない。どちらからともなくバックステップし、仕切り直す。


「フレイアさん、今の一撃はどうだったかな?」


 と、ランベルトが尋ねだす。


「力がよくこもっていました。ですが、まだ踏み込みが甘いですね。今のままでは、いなされてしまうかもしれません」

「ランベルト、雑念が混じって証拠だ。実戦では敗北に繋がるぞ」

「わかった! フレイアさん、もう一撃行きます!」

「いつでもいらっしゃいませ」


 ディナミアが戦鎚を構えると、ヴォルゼフォリンも同時に武器を構えた。


(集中して……目の前にいる相手に、一撃を叩き込む!)


 ランベルトは心の中で目的を振り返ってから、ヴォルゼフォリンに指示を出した。


「はぁっ!」

「やあぁっ!」


 ヴォルゼフォリンが剣を振り下ろすのに合わせ、ディナミアが防御する。差し出された戦鎚のはわずかに押されるも、すぐにディナミアの力で拮抗した。


 再びの膠着状態に陥った2台は、しかしすぐに距離を取る。そして、フレイアが口を開いた。


「その勢いです、ランベルト様。斬り込み方を変えてみましょう」

「はい!」


 こうして昼を迎えるまで、ランベルトの鍛錬は続いたのであった。


     ***


「間もなくお昼ですね。いったん区切りとしましょう」


 フレイアの鶴の一声で、両者とも機体から降りる。ヴォルゼフォリンも、人の姿に変わっていた。


「いつもの食堂まで向かいましょうか」

「そうですね。やっぱりレオニーさんのスープは絶品です」

「私もだ。ついつい足を運びたくなる」


 三人はレオニーおばさんのいる食堂まで、のんびりと歩いていく。

 先ほどまでの緊張はどこへやら、ランベルトたちは一転して和みだしていた。


「それにしても、ランベルト様」

「はい」

「アントリーバーに乗りこなせない……というのが信じられないくらい、見事な剣筋けんすじでした」

「これでも生身では、それなりに戦えたんです。魔法も使えますよ」


 ランベルトは、これまで鍛えてきたことを思い返していた。不愉快なこともあった貴族時代だが、鍛えて身につけた戦いの技量にだけは感謝していたのである。

 まして、思考を元に対応した動きを行うヴォルゼフォリンだ。十分な技量を持っていればいるほどに、より精確に動いてくれるのである。


「今ランベルトがてこずっているのは、これまでに体験したことがない“思考で操縦する”という独特の操縦形態ゆえだ。習熟すれば、私の意思を交えずとも鋭い動きを繰り出せるだろう」

「なるほど……。ですが、他の方ではダメなのですか?」

「ダメだな。ランベルト以外には、見込みすらない。それには“魔力量”と“思い込み”の二点がある」

「どういう意味でしょうか」


 ヴォルゼフォリンの挙げる“魔力量”と“思い込み”。

 ランベルトは既に知っている事柄だったが、フレイアは知らなかった。


「まずは魔力量だが、これは言うまでもないだろうな。単純に個人個人が持つ魔力の総量だ。ランベルトは並外れて多いのだが、余裕を持てるくらいだな。実際の魔力量がランベルトの7割ほどでも、私を動かせはする」

「それでも多いよね? ヴォルゼフォリン」

「当然だ。私が求める魔力量は多いぞ? 相応の出力を生み出すのだから、乗り手も同等の力を持っていてもらいたいものだ。だが、これは割とどうにでもなる要素ではある」


 ランベルトの疑問に答えたヴォルゼフォリンは、「では、二つ目だ」と前置きしてから話しだした。


「こちらが肝心だな。“思い込み”というものだ」

「思い込み……ですか」

「ああ。フレイア、お前たちは普段、何に乗っている?」

「何に……ですか」


 唐突な質問に、フレイアはわずかに戸惑う。


「何とお答えすればいいのか分かりませんが……私たちが日頃乗っているものと言えば、やはりアントリーバーではないかと」

「そう、アントリーバーだ。ではさらに突っ込んだ質問をしよう。普段アントリーバーに乗っているお前たちだが、どうやって操っている?」

「それは操縦桿を使う、という答えとなります。単純にして明快。ですが、それがどうしたのでしょうか?」


 あまりにも当たり前のことを尋ねられ、フレイアは戸惑う。


「そうだな。お前たちにとっては、実に当たり前のことだ。だが私にとっては、まったく当たり前のことではない。何せ私の操縦方法とは、完全に異なるものだからな」

「完全に、異なる?」

「思考での操作というものだ。操縦桿なぞどこにもない」

「なるほど……ッ、まさか」


 そこまで言われて、フレイアはようやく理解が及んだ。


「操縦桿での操縦に慣れきっている私たちでは、見込みがない……という、ことですか」

「ああ。残念ながら、な。そういう希望を抱けるのは、『魔力量が多く、かつアントリーバーの操縦経験が無いまたは不向きな者』、ということだ」

「だから、僕が?」


 ランベルトの言葉に、ヴォルゼフォリンは頷く。


「その通りだ。致命的なまでにアントリーバーの操縦を不得手ふえてとするお前だからこそ、すんなりと私の操縦方法を受け入れられた」

「けど、最初は助けてもらってばかりで……」

「“最初は”、だろう? 入学試験の時は、少しではあるがお前自身の力で私を動かした。そして先ほどの鍛錬で、驚くほどの勢いで私を操る腕を上げつつある。このまま続ければ、あと一週間も経たないうちに十分な技量を身につけるだろう。これをすんなりと言わずして、何と言おうか」

「驚きですね。ランベルト様に、ここまでの才能があったとは」


 この場に居合わせる誰もが、ランベルトの技量の伸びぶりに目を見開いていた。


「ともかく、誰が認めずとも……それこそお前自身が認めずとも、だ。私が認めよう、ランベルト。お前は間違いなく、強くなれる才能がある。何度となく、言ってやる」

「僕に、そこまでの才能があったなんて……。改めて言われると、なんか恥ずかしいや」

「当たり前だ。お前は得意な点を無意識のうちに押し込めようとするからな、何度でも引きずり出してやる」


 ランベルトの頭に手を乗せながら、力強く言い放つヴォルゼフォリン。


「あら、皆様お揃いですわね」

「マリアンネ」

「食堂まで向かわれているのでしたら、私もご一緒させていただけますか?」


 と、マリアンネが合流してきた。


「会長、ランベルトを鍛えていたのでしたよね?」

「その通りです。アドバイスを素直に受け入れ、わずか数時間で見違えるほどの強さになっておりました。私のディナミアでなければ、相手役を務めるのもままならないほどに」

「会長にそこまで言わせるなんて……。やっぱり、ランベルトは強いね」

「そうかな? ヴォルゼフォリンの力だと思うけど」

「否、だ。私だけの力ではない。ランベルトの鮮明なイメージがあればこそだ」


 互いに褒め合うランベルトとヴォルゼフォリン。

 その様子を見てマリアンネは、一言盛大に叫んだ。


「夫婦かッ!!」




 そうしている間に、四人は食堂へとたどり着いたのであった。

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