第6話 嫌ですよ、つまらないから
アーデルベルトとコンラート、そして生き残った者たちは、驚愕の表情で銀の機体――ヴォルゼフォリンを見上げていた。
二週間前に、アントリーバー操縦を派手に失敗したのは、この場にいた誰の記憶にも新しかった。
アントリーバーをまともに操れるはずのないランベルトが、しかし目の前で謎の機体を自由自在に乗りこなし、山賊たちを完全に屠り去ったのだ。どう考えても、何かがおかしいとしか思えなかった。
「ランベルト……なんだな? 何なんだ、その機体は?」
「これはヴォルゼフォリンですよ。またの名を、英雄機。僕が愛してやまなかった、伝説の機体です」
場にどよめきが巻き起こる。ランベルトが普段から読みふけっていた英雄機が、実在したとは。
唐突な出来事に居合わせた誰の心も理解を拒み、しかし現実には目の前に英雄機なる銀色の機体が立っていた。
「こちらに向かう山賊の大部隊を捉えたので、勝手ながら救助させていただきました。間に合って何よりです」
目の前にいる誰もが、ランベルトとヴォルゼフォリンの戦果を目にしている。否定できるはずもなかった。
「ひとまず山賊は全滅したようですので、僕はそろそろ失礼します。これ以上とどまる理由は、ありませんからね」
「ま、待て! ランベルト!」
慌てて止めたのは、機体から降りていたアーデルベルトだった。
「どうしてアントリーバーを乗れないお前が、そのような機体に乗れたのだ?」
『簡単だよ』
「誰だ!」
突如として響いた女性の声に、アーデルベルトは警戒を強める。
『誰と言われてもな。お前たちの目の前に、今こうして立っているではないか』
「まさか……その銀の機体か?」
『その通りだ』
ヴォルゼフォリンが、アーデルベルトの疑問に答えだす。
『さて、教えてやろう。ランベルトの魔力は、アントリーバー如きには過剰すぎるものだったのだ。並の人間が持つには持て余すほどに、な。だから機構が必要以上に駆動し、その結果制御を失った。しかし私にとっては心地よい魔力だ。おかげで私は、数千年ぶりに全力で戦えたよ』
「そ……そんなのデタラメだ! あんなグズごときが、ここまでアントリーバーを乗りこなすなんて!」
わめき声をあげたのはコンラートだ。乗っているメルエスタルは拘束された衝撃で各部がきしんでいるものの、ワイヤーを振り払ったことでまだ一応動くことはできた。
「ランベルトなんかより、俺はずっと鍛えていたのに! 操縦の腕だって、俺が上だった! なのに、どうしてこんなに差がある!?」
『そう言いたくなるのも道理だろうな。だが所詮、お前は
「うるさい黙れぇッ! 機械ごときが喋るんじゃねぇッ!」
メルエスタルが剣を手に、ヴォルゼフォリンへと斬りかかる。
だがヴォルゼフォリンは、メルエスタルが剣を振り上げる途中で光剣を振り抜き、右腕と頭部を斬り落とした。
「うるさいのはどっちだい? コンラート」
「くっ、ランベルト……平民の分際で!」
「そういうコンラートたちは、貴族のくせに山賊なんかにいいようにやられたみたいだね。あーあ、自慢の屋敷もめちゃくちゃだ」
すでにランベルトは、コンラートを弟などとは思っていなかった。
攻撃直前でバランスを失ったメルエスタルが倒れる――その直前に、ヴォルゼフォリンが地面に蹴倒す。派手な音と土煙を上げて、今度こそメルエスタルが仰向けに転倒した。
「そこでみっともなく転がったまま、僕の活躍を見てるといいよ。僕はヴォルゼフォリンと一緒に、自由気ままに旅をするから」
「待て、ランベルト! 頼みがある!」
去ろうとするヴォルゼフォリンとランベルトを、アーデルベルトは慌てて引き止める。
「何でしょうか? もう事態も解決したんですし、行かせてくださいよ」
「待つんだ。ランベルト、今ならまだ、お前を貴族にもう一度迎え入れてやれる」
切実な表情で頼み込むアーデルベルト。
だがランベルトの答えは、冷淡なものだった。
「は? 何言ってるんです、偉そうに?」
「それはすまない! 本当にすまなかった。だがそれだけの力があれば、私の領地は安泰だ! 息子よ、これからもこの父を助け――」
「息子って……僕はただのランベルトですよ。あなたとは血のつながりも何もない。まったくの、赤の他人です」
「それでもだ! 赤の他人でもいい、頼む!」
「嫌ですよ、つまらないから」
アーデルベルトの
「そもそも“アントリーバーも乗れない無能”として突っぱねたのは、あなたですよね?」
「私の思い違いだったのだ!」
「ああそうですか。もっとも、あなたたちは僕よりもさらに無能だったみたいですけどね。たかが山賊にここまでやられるなんて、“名将を輩出してきた”なんて言う割にはロクなことになってないみたいですし。で、どうです? さんざん
アーデルベルトは既に、言葉を失っていた。
ここまで容赦なく拒絶され、あまつさえ罵倒すら味わうことは、今までで初めてであったのだ。
「もう一度言いますけどね。僕はただのランベルトです。単なる平民ですよ? 家督を継ぐ権利はまったくない。継いでほしければ、そこで無様にのびている弟に頼んでくださいよ。おっと失礼、“コンラート様”、でしたねぇ」
丁寧な言葉遣いになるランベルトだが、内心は真逆だ。敬意など、欠片もなかった。
『そういうわけだ。諦めろ、お前たち。ランベルトの決意は固いぞ』
「そうだね、ヴォルゼフォリン。さて皆さま、さようなら。もう二度と、僕とあなたたちは、お会いすることはないでしょうね。ですよね、アーデルベルト伯爵?」
疑問形ではあるが、有無を言わせぬのは態度で明白であった。
『私もさようなら、だ。ではランベルト、行くぞ』
「うん!」
ヴォルゼフォリンの言葉とともに、ランベルトはアルブレヒト邸から去っていったのであった。
***
「とは言ったものの……」
しばらくして。
ヴォルゼフォリンの操縦席で、ランベルトはなにやら悩んでいた。
『どうした、ランベルト? お前を縛り付けようとした奴らにさよならを告げて、少しは気分も晴れたんじゃないのか、んん?』
「それはそうなんだけどね……。正直、どこに行こうか、あてがないんだ」
今のランベルトには、目的地として向かうべき場所が見当たらなかった。
『適当な街に向かって、働くか? 私も手伝うぞ』
「それもいいかもね。その日暮らし……意外と、悪くないかも」
『そうするか? いや、待て。こちらに近づいてくる機体を発見した』
ヴォルゼフォリンの視界に映っていた映像が、ランベルトに送られる。
「ん……? 拡大して!」
『承知した。どうかしたのか?』
「待って、これ……肩の紋章! 間違いないよ!」
ランベルトが見たのは、金色をした鷲の紋章であった。
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