第5話 英雄みたいじゃないか

「い……嫌だよ、ヴォルゼフォリン……」


 ランベルトは初めて、ヴォルゼフォリンに拒絶を示す。


『だろうな。だが、お前の意思を無視してでも、私は屋敷へ向かうぞ』


 しかしヴォルゼフォリンは、ランベルトの意思に背いた。


「な、何で……!」

『私が何千年もの記憶を持っているのは、もう分かるな?』

「それが何なの……!」


 ランベルトはあくまでも、ヴォルゼフォリンに食って掛かる。

 だがヴォルゼフォリンは、悲しそうに告げた。


『私はこれまでに数え切れないほど、人々が後悔してきたことを見た。やっておくべきことができず、後悔したことを、だ。ランベルト、お前が別れを告げておかねばならないことも、それに含まれる』

「だからって……!」

『お前はいつまでも、アルブレヒトという家の呪縛じゅばくを受け続ける気か?』

「ッ!」


 アルブレヒト。ランベルトが失った姓だ。

 それを聞いて、先ほどの嫌な記憶がよみがえる。


「それは……嫌だよ、ヴォルゼフォリン!」

『何が嫌なんだ?』


 ランベルトの丸く大きな瞳から、涙がぽろぽろとこぼれだす。幼さと可愛らしさのある顔をくしゃくしゃにゆがめながら、泣き出した。


「ずっと我慢してたけど、コンラートに散々に言われるのが嫌だったんだ、僕はッ! 父上はちゃんと助けてくれなかったし! 母上が何度言っても、あいつは僕を……!」


 今まで押し殺していた本心を、ランベルトはヴォルゼフォリンにぶちまける。


『よくぞ言ったな。よくぞ、私に言ってくれた。ランベルト』


 ヴォルゼフォリンはそれを、優しく受け止める。それはランベルトの母のような、包み込む優しさだった。


『けどな、ランベルト。だからこそなんだよ』

「だからこそ……?」

『ああ。今だからこそ、拒絶を伝えるんだ。アントリーバーに乗れている、今この状態だからこそ、な』


 アントリーバーに乗れている。その言葉を聞いて、ランベルトはハッとした。


「確かに……僕はアントリーバーに乗れなかったから、追い出されたんだ」

『そうだろう? そして、今行けばきっと面白いことになる』

「面白いこと?」

『さっきの山賊たちがいただろう?』

「う、うん。けど、山賊がどうしたの?」


 小首をかしげるランベルトに、ヴォルゼフォリンが愉悦ゆえつを含んだ声音で告げる。


『あれらよりずっと大きな部隊が、北に向かってる。アルブレヒト邸がある方向だな』

「アルブレヒト邸? でも、僕はもう関係者じゃ……」

『関係者じゃない今だからこそ、だ。山賊に襲撃される窮地を、ただの平民ランベルトが助け出す。まるでお前が読んでいた物語の英雄みたいじゃないか、最高に面白いだろう?』

「英雄……? それ、イイかも!」


 先ほどまでの様子が嘘のように、ランベルトの瞳がキラキラと輝きだす。泣いていた顔は、徐々にだが確実に笑顔に変わっていた。


『ただな。最高に面白いのはここからだ』

「なになに?」

『助けたあと、あることをするんだ。それはな――』


 ヴォルゼフォリンはランベルトにだけ聞こえるように、こっそりと伝える。


「うん、わかった! やってみるよ、ヴォルゼフォリン!」

『決まりだ! 行くぞ!』


 かくして、ヴォルゼフォリンは全力で推進器を駆動し、できる限り速く北へと飛んでいったのである。


     ***


 一方のアルブレヒト邸は、突如として現れた山賊たちから猛攻撃を受けていた。


「ヒィイヤッハァ! ご自慢の派手なアントリーバーも、俺たち“ヴォルフ”の前じゃ大したことねぇなぁ!」

「こんだけの数だ、囲んでボコれば楽勝だぜぇ!」

「お前ら、壊しすぎるなよ! 後で持ち帰るんだからな!」

「わーってるって、カシラぁ! そら、もう1台!」


 山賊たちの機種は、先ほどランベルトとヴォルゼフォリンを襲ったのと同様にメルヴィアであった。

 一方、アルブレヒト邸を警備していた純白い機体は、現行機“メルエスタル”だ。1台あたりの性能は旧式であるメルヴィアを上回るものの、3倍以上の数を前にしてはほぼ無意味と言えた。加えて捕捉しづらい歩兵戦力も混ざっており、実際の戦力差はもっと上と言える。


 1台、また1台と、メルエスタルが膝を屈して動きを止める。ワイヤーで拘束されたり、胸部や関節部をひどく破壊されたりと、的確に行動を止めにかかっていた。

 それでも彼らは逃げようともせず、必死になって館を守っている。その理由は単純、館の主であるアーデルベルト・グレーゼ・アルブレヒトを守るためだ。


「大旦那様、お逃げください……ぐあっ!」


 数の暴力により、館はほぼ陥落した状態だ。すでにあちこちが崩壊しており、逃げ出すのもままならない。


「それは出来ん! 優れた将軍を輩出してきた家の当主として、ここで押しとどめる! 来い、コンラート! 私たちもアントリーバーで応戦するぞ!」

「な、何で俺が……」

「来るんだ!」

「は、はい! お父様!」


 嫌がるコンラートを無理やり連れて、ランベルトとコンラートの父であるアーデルベルトは格納庫へと向かう。

 彼がここまで強情なのは、家の誇りがあったからだ。


「コンラート、お前はメルエスタルに乗れ」


 アーデルベルトは、コンラートに乗る機種を指定する。ティアメルは練習用であり、実戦で用いるには出力にいささかの不安があった。

 だが現行機であるメルエスタルならば、遅れを取ることはない。同数ならば、であるが。


「お父様は……?」

「当主専用機……“シュトルツ・フォン・ムート”で出る。メルヴィア如き、造作も無いだろう」

「わ、分かりました。お気をつけて」


 それから少しして、剣を装備したメルエスタルと大剣を背負った真紅の機体が現れる。


「かかってこい、賊ども! このアーデルベルト・グレーゼ・アルブレヒトと、我が息子コンラートが相手だ!」


 シュトルツ・フォン・ムートが、背負った大剣を構える。勇ましい見た目だったが、しかし数の差が圧倒的であることには変わりがない。


「いざ!」


 シュトルツ・フォン・ムートとコンラートのメルエスタルが、警備隊のメルエスタルに駆け寄る。

 だが後方から、大きな炎弾が飛来してきた。それはコンラートのメルエスタルの右ひざ関節に、吸い込まれるように直撃する。


「うわっ!」

「コンラート!? くっ、歩兵用の対アントリーバー砲か!」


 慌ててシュトルツ・フォン・ムートが駆け寄るが、それよりも早くコンラートのメルエスタルが体当たりで地面に押し倒された。


「くっ、離せ!」


 もがくメルエスタルだが、すぐさま別のメルヴィア2台に包囲され、手足にワイヤーを絡められて動きを封じられる。


「コンラート! くっ、山賊どもが……!」


 アーデルベルトが助けようとするも、さらに別のメルヴィアに道を塞がれた。倒しつつ向かうには、時間が足りない。


「お父様……!」

「くっ、許せコンラート……!」


 万事休す。多数のメルヴィアに包囲され、逃げ場はない。

 誰もが諦めた、その時――


「ぐあっ!?」


 突如、メルヴィアが凄まじい勢いでほふられる。同時に、何かが土煙を上げて、アーデルベルトたちの元へ向かって来ていた。


「あれは――?」


 炎を照り返して、銀のシルエットがひらめく。

 アントリーバーにしてはやけに大きな機体が、1台、また1台と、山賊たちの駆るメルヴィアを屠り去る。背後を突かれたのも相まって、山賊たちはまともな抵抗すらできずに光の剣に貫かれた。

 もちろん生身の山賊たちは、虫けらのように踏み潰され、あるいは蹴飛ばされるようにして殺されていく。


「なっ、何だぁ!? ぐわっ!」

「デ、デケぇ――」


 20台近くいたメルヴィアが、一瞬で5台にも満たない数まで減っていく。

 コンラートのメルエスタルを包囲していたメルヴィアも、謎の機体へと全速力で向かっていった。


 それからメルヴィアが完全に屠られるまでは、わずかな時間もかからなかったのである。


     ***


「間に合ったね」

『ふふん、飛んで正解だったろう? 私は速いのだからな』


 二つの声が聞こえる。うち片方は、アーデルベルトやコンラートたちにとっては、聞き覚えのある声だった。


「まさか、ランベルト……なのか?」


 問いかけるアーデルベルトに向かって、銀の機体がシュトルツ・フォン・ムートへと向かって歩み寄ってくる。


「その通りです、お父様。いえ、今はアルブレヒト伯爵、でしたね」




 答えたのは誰あろう、ランベルトであった。

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