第4話 契約、そして英雄機の覚醒

「ここは?」


 気づけば、ランベルトは小さな空間に転移していた。小さいとはいっても、ランベルトが多少大きく動いても十分余裕のある広さだ。

 今、ランベルトはシート状の席に座っていた。


「内装は、家で乗ってたティアメルに似てるけど……でも全然違う。広くて、それに……よく周りが見える」

『そうだな。この世界の“アントリーバー”なる兵器、その先祖が私というわけだ。似ているのも当然だろうよ、ランベルト』

「えっ……英雄機?」

『“ヴォルゼフォリン”でいい。それより、そろそろ始まるぞ。“継承の儀”が』


 ヴォルゼフォリンが警告した直後、ランベルトの総身を電流が駆け抜ける。


「うっ……うわああああああああああああぁぁぁ!」


 激痛に悶えるランベルト。立ち上がろうとするが、不思議な力で席から離れられない。


『お前の持つ魔力を解き放て! 苦痛に抗え、ランベルト!』

「と……解き放つって、どうやって!」

『日頃してた鍛錬を思い出せ! 魔法を使おうとしてみろ!』

「ううっ……!」


 ヴォルゼフォリンの助言で、知る限り簡単な魔法を使おうとする。


「燃やせ、炎玉えんぎょく……!」


 だが、魔法は発動しなかった。

 その代わりに、別の結果がランベルトに降りかかる。


「っ、痛みが、少し引いた……?」

『そうだ、その調子だ……! できるだけ多くの魔力を、使おうとするんだ!』

「なら……!」


 アントリーバーをまったく操縦できないランベルトだが、鍛錬を怠っていたわけではない。

 コンラートに比べればいささか劣るが、剣術や魔法も一応はこなしていたのである。今まで父や従者たちから教え込まれた魔法を、すべてヴォルゼフォリンにぶつける勢いで行使した。


「い、痛くない……!」

『そうだ、もう少しだ! もう少しで、“継承の儀”は成功する! 踏ん張れ、ランベルト!』


 ヴォルゼフォリンが希望を抱き、ランベルトを激励する。

 必死になって魔法を使い続けるランベルトに、変化が訪れた。


「あ、あれ……何、これ?」


 ランベルトの脳裏に、今まで自身が知らなかった光景がよぎる。


(ヴォルゼフォリンを操っている、僕……? いや、違う。僕以外の誰かが、ヴォルゼフォリンを手足のように使いこなしてる……!)


 今ランベルトが見ているのは、歴代のヴォルゼフォリンの搭乗者が使った技の数々だ。どれも無駄なく、かつ確実に敵を葬っている、必殺の戦技。その記憶が、経験が、ランベルトの脳裏を駆け巡っていった。


「今、僕は……誰かの記憶を見てる……!」

『成功だ、ランベルト! お前は私の、正式な搭乗者となった……!』

「じゃ、じゃあ僕……ついに、憧れの英雄機ヴォルゼフォリンに!」

『ああ……!』


 喜ぶランベルトと、ヴォルゼフォリン。

 しかしヴォルゼフォリンの眠る空間は、崩れ始めていた。


『ランベルト、座席にある球体に手を乗せて、思念を込めて命令しろ』

「ど、どんな命令……?」

『「僕を生きさせて」だ。それさえすれば、私は全力でお前の命令を守る!』


 ヴォルゼフォリンの力強い言葉を受けて、ランベルトは言われたことを必死でこなす。


(僕を……生きさせて、ヴォルゼフォリン!)


 果たして、その思念に反応したヴォルゼフォリンは――青い2つの瞳を強く輝かせ、巨躯を立ち上がらせる。


『行くぞ、一気に突き抜けて地上へ出る!』


 ヴォルゼフォリンは背中にある翼状の推進器を全力で吹かすと、そのまま一気に天井を突き破って地上に出た。


     ***


「なっ、何だありゃあ!?」


 突如として現れた機体に驚いたのは、山賊たちである。

 通常のアントリーバーより1.5倍――全高、ゆうに18mメートル――はある巨躯。こんな森にいるはずはないと思っていたのだ、動揺せざるを得ない。


「しっかしよぉ……よく見りゃ、宝石みてぇだなぁ」

「捕まえるか?」

「そうだな、ガキなんてどうでもいいや。こいつを売って大金持ちだ!」


 勝手に盛り上がる山賊たち。彼らの操るアントリーバー“メルヴィア”が、銃砲を構える。


「撃ちまくれ! あんな図体ずうたいでも、何発ももつわけねぇ!」


 構えられた銃砲から、弾丸が何発も放たれる。乱雑な狙いで撃ち込まれる銃弾の1発が、偶然にもヴォルゼフォリンに命中した。


「うわっ!」

『大丈夫だ、これしきの攻撃なら何万発でも耐えられる!』


 派手な金属音を響かせる、銃弾とヴォルゼフォリンの装甲。ランベルトは動揺するが、ヴォルゼフォリンには傷一つ付いていなかった。


『思い出せ、ランベルト! アントリーバーの攻撃は、魔法が銃弾より強いはずだったろう!』

「ッ!」


 ランベルトは座学を思い出し、冷静さを取り戻す。


(大丈夫……アントリーバーに乗ってる限りは、銃弾なんて何発受けても大丈夫!)


 呼吸を整えて、目の前に立つ敵を見る。


「ヴォルゼフォリン! 生き残るために、目の前の彼らを倒せ!」

『了解! お前の望む動きを、いくらでも!』

「ああ!」


 ランベルトは、思い浮かべた動きを思念とし、ヴォルゼフォリンに命令として送る。

 それを受けたヴォルゼフォリンは自らの、そしてランベルトの命令意思のために、目の前のメルヴィア5台に向けて駆け出した。

 猛烈な足音を響かせ、瞬く間に距離を詰める。


「はっ、はえぇ――」


 山賊が叫ぶ間もあらばこそ。ヴォルゼフォリンは疾走した速度をそのままに、アントリーバーの頭頂部の高さまで跳躍する。

 そして目の前に両脚を突きだし――メルヴィアの胸部を、蹴り潰した。


『まずは、ひとつ』


 胸部には操縦者が搭乗している。断裂寸前までの勢いで蹴られ、大きくひしゃげた胸部装甲を見れば押し潰されたことがうかがえた。


「ザック! てめぇ――」


 仲間の山賊が銃砲を向けるよりも早く、ヴォルゼフォリンの左拳がメルヴィアの顔面に、吸い込まれるように放たれる。

 当然の結末として、メルヴィアの頭部は砕かれながら吹き飛ばされた。


「がぁっ、視界が……!?」


 攻撃はそれだけにとどまらず、ヴォルゼフォリンの左脚が先ほどのメルヴィアの胸部に吸い込まれる。つま先が胸部を叩いてえぐった。


『ふたつ』

「ガイ! チクショウ、何なんだてめぇ……!」


 銃砲は効かないと悟ったのか、生き残ったメルヴィアが剣を抜く。


『ふむ、いい加減対応してきたか』

「どうするの、ヴォルゼフォリン!」

『落ち着け。ずっと眠っていた私だが、装備は抱えたままでな。向こうが剣を抜くなら、こちらも剣で応じるまでだ』

「剣って!? どこ、どこにあるの!?」

『両腰だ!』

「両腰……これ!?」


 ランベルトがヴォルゼフォリンに両腰をまさぐらせると、筒状の何かが触れるのを感じた。


『それだ!』

「わかった! 構えて!」

『ああ!』


 ヴォルゼフォリンが、腰部に載せている筒状のつかを手に取る。次の瞬間、光の刀身が形成された。


 そして、ヴォルゼフォリンとメルヴィアが走り出すのは、ほぼ同時だった。だが、既存のアントリーバーをはるかに上回る速度に、山賊たちはタイミングを読み違える。


『遅い』


 踊るような剣さばきで、瞬く間にメルヴィア2台を両断する。


『さあ、終わりだ』


 ヴォルゼフォリンが反転して、最後に生き残ったメルヴィアに狙いを定める。


「うわぁ、来るな、来るな……!」


 悪あがきのように剣を振るメルヴィアだが、ヴォルゼフォリンは跳躍で難なくかわす。空中に跳んでいる間に、すれ違いざまにメルヴィアの両腕を光剣で斬り落とした。


『眠れ』


 トドメとして、無防備な背後から光剣を胸部に突き立てる。操縦者を喪ったメルヴィアは、力なく膝から崩れ落ちた。


『ランベルト、もう大丈夫だ。山賊どもはすべて倒した』

「よ、よかった……。あの山賊たち、この近くでは危険なことで有名だったんだ。“ヴォルフ”って言うんだけどね」


 擱座かくざしたメルヴィアの左肩には、血のような赤で狼のエンブレムが描かれていた。


「数が少ないのは気になるけど……もういなさそうだな。ヴォルゼフォリン、光剣をしまって」

『ああ』


 安全を確認したランベルトは、ヴォルゼフォリンに命じる。ヴォルゼフォリンは光剣を消し、ただのつかを腰部に納めた。


『さて、私が助けるのはここまでだ。あとはお前が操縦しろ。思念を込めて命令すれば、私は従おう』

「わかった、ヴォルゼフォリン。ひとまず、どこかに……」

『待て。せっかくだから、別れを済ませよう』

「誰に?」


 ランベルトが尋ねると、ヴォルゼフォリンはいたずらっぽく笑った。




『決まっている。お前を捨てた親と弟に、だよ』

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