第3話 英雄機眠る遺跡

「はぁ、はぁ……」


 ランベルトはただ気力だけで、目の前に見える光をたどっていた。一秒の休息も取らず、必死に足を動かしていた。


『いいぞランベルト! もう半分だ!』


 英雄機は声で、ひたすらランベルトを激励する。

 気づけばもう太陽が昇りはじめ、あたりを徐々に明るく照らしだしていた。


「あと、どのくらいなんだ……?」

『もう少しだ! もう少しで、私の元に……!』


 たえず激励を続けてくれる英雄機の声に、ランベルトは自身の心の内側から、希望が湧き出てくるのを感じていた。このまま歩き続けていれば、助け出してくれると。


 しかし、その希望を砕こうとする者たちが、轟音と共にやってくる。


「ヒーヤッハァー! ガキだ、ガキがいるぜ!」

「何だぁ? 気にくわねぇなぁ、殺すか!」

「いや、捕まえて売っぱらっちまえ!」


 その轟音に、英雄機とランベルトは気づく。アントリーバー5台が、ランベルトを見つけて寄ってきたのだ。


『まずい……! 奴ら、この辺りを根城にする山賊か!』

「アントリーバー……! ど、どうすれば……!」

『走れ! 足がもつ限り走るんだ!』

「……ッ!」


 ランベルトは気力を振り絞り、全速力で走る。しかしアントリーバーとの速度の差は、あっという間に縮みだした。


「逃げろや逃げろ、捕まえてやるぜ!」


 アントリーバーが走ってこないのは、いたぶっているつもりだ。そもそも走らずとも、人間の脚力などたかが知れている。ランベルトもその例に漏れない上に、アントリーバーとの速力差はどう頑張っても取りつくろえなかった。


『こっちだ! ここを通れ!』


 と、ランベルトに見える道が変わる。


「森……!」


 木々の間を通り抜けるように、ランベルトを誘導しだす。

 森となれば足を取られるため、12m以上はあるアントリーバーでも無視できないものだった。


「くっ、あの野郎森に逃げやがった!」

「木ィくらい踏みつぶせ! 無理やりでも進め!」


 バキバキと、木の折れる音が響き始める。

 ランベルトは後ろを見る余裕もなく、ひたすら走っていた。


「うわっ……!」


 と、倒木に足をとられて転倒してしまう。強く体を打ちつけたのか、ランベルトはすぐに立てなかった。


『早く立て! 捕まるぞ!』


 すぐ後ろには、アントリーバーが迫っている。

 ランベルトはさらに気力を振り絞り、ふらつきながらも立ち上がって走り出した。


 だが、わずかに数秒転倒していただけでも、あっという間に追い付かれてしまう。


『ランベルト!』

「ヒャッハァ! そーれ、つ~かまえ――」


 そのとき、どこかから閃光がまたたいた。

 ランベルトも、そして山賊たちも、とっさに目をかばった。


「うわっ!」

「うおっ……!? チクショウ、見えねぇ!」


 山賊の乗っている機体は5台とも、首を左右に振り回している。視界が悪い状態で下手に動かせば、転倒して大きなダメージを受ける危険があるのだ。


『今だ、ランベルト! 走れ!』

「うあああああああああぁっ!」


 山賊たちが動けない間に、ランベルトは光をたどって安全な場所まで逃げ切る。アントリーバーが腕を伸ばしても、届く距離ではない。


『よし、よく逃げ切ったランベルト』

「よかった……。ところで、ここは行き止まりじゃ?」


 ランベルトが逃げた先は、洞窟だった。


『違うな。光で示した道を進めば、わかるはずだ』

「う、うん……」


 ランベルトの目には、どう見ても行き止まりとしか思えない暗闇が広がっている。

 しかし、まだ光で示された道筋は続いていた。


「こっち……?」


 何の明かりもない道を、不安げに進むランベルト。今は英雄機に示された光を、信じる他なかった。


「あれ、明るい……?」

『ああ。私のいる場所まで、近づいているぞ。もう少しだ』


 女性のような優しい声を聞いて、ランベルトは安心感を覚える。ランベルト自身は気づかなかったが、一歩を踏み出す足はかなり軽いものになっていた。


 やがて、ひときわ明るい空間へと出る。


「っ……眩しい!」


 明るさに眩惑げんわくされるランベルト。今までの暗闇によって、強い光に目が適応していなかったのだ。

 やがて徐々に目が慣れ、ランベルトの目にあるものが映った。それは――


「く……黒い、騎士?」

『おや……今の私は黒いのか? ランベルト』


 全身が黒色に包まれた、ひざまずいている英雄機だった。


「え、ええ……。確か、僕が読んだ伝承では、銀色だったのに……」

『ああ、確かに銀色だったな。しかし数千年眠り続けている間に、私に宿る魔力は輝きを失い、それによってこの色となった。活力でもある魔力自体も最盛期より減ってきて、動けなかったのだ。だからお前を、ここに導いた』


 英雄機は声に悲しさをにじませ、ランベルトに話しかける。


「まさか……僕が夢を見たのも?」

『そうだな。動けない以上、お前に夢を見せて何度も接触したよ。私を好きになれば、いや最低でも興味を持ってもらえれば、お前は私を探そうとするからな。私はそのときを、待っていたのだよ』

「じゃ、じゃあ……僕が、あなたを好きになったのも……」

『まぁ言ってしまえば、私が仕向けたことになるな。そこまでしてでも、お前にたどり着いてほしかった』


 ランベルトは、複雑な気持ちになる。

 確かに、自身の抱いている英雄機への憧れは本物だった。だが「仕向けられた」と言われて、あまり良い気もしなかったのだ。


 だから、問うて確かめる。


「どうして、僕にこだわったのですか? 他にも、英雄機に憧れている人は――」

『お前でないとだめなのだよ、ランベルト』


 英雄機はきっぱりと、言い切った。


『お前でなければ……お前ほどの魔力の持ち主でなければ、私の“継承の儀”は耐えられん。過去に何人も私を操ろうとした者たちは、皆自我や心を失い、死人のごとく生きるはめになったのだ』


 苦々しげに呟く英雄機。


『だがお前は違う。生来の魔力量は、今までのどんな乗り手よりも優れている。それだけの力があれば、私が課す“継承の儀”も耐えられるであろう。誰に認められずとも、私はお前を認める』

「だから、僕を?」

『ああ。だから、私と契約してほしい……』


 英雄機がそうつぶやいた直後、空間が揺れだした。

『む……問答している暇はないな。先ほどの山賊たちがどうやら暴れているようだ。早く決断せねば、何もできず生き埋めになるぞ』

「ぼ、僕が……?」

『そうだ、お前が決断するんだランベルト。私と契約する、と』


 ランベルトは突然の出来事に、戸惑ってしまう。


『危ない! 入口から離れろ!』

「うわっ!」


 そうしている間に、入口が塞がれてしまった。もう、ランベルトに退路はない。


『生き残るんだろうが、ランベルト! 私と契約しろ!』

「本当に、本当に僕でいいんですか……!?」

『ああ! お前が私と、契約するんだ!』

「な、何をすれば……!」

『私に「契約しろ」と命じればいい! やるんだ!』


 ランベルトは震えながらも、英雄機を見上げる。


怖気おじけづくな! 今何もしなければ、無駄死にだぞ!』

「くっ……!」


 そうだ。せっかく英雄機に助けてもらった命、無駄にするわけにはいかない。

 ランベルトは覚悟を決めると、脳裏に眠る記憶を呼び起こしながら叫ぶ。


(僕は、僕は知っている――! 英雄機の、真実の名前を!)


 大きく息を吸ってから、ランベルトはありったけの声で叫んだ。




「契約しろ! 英雄機、ヴォルゼフォリン!!」

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