第2話 追放宣告
「うぅっ……」
ランベルトは気絶から立ち直ると、ティアメルの首を動かして様子を見る。
コンラートのティアメルの頭部と右肩右腕を、潰していた。
「コンラート! コンラート、大丈夫か!」
自らの機体の胸部装甲を開くが、潰れたコンラートのティアメルの右腕が引っかかって半端にしか開かない。
「開け……開けよ! コンラートが……ッ!」
それでも体を滑らせるようにして、強引に開いた空間を抜けていく。機体からの脱出を果たしたランベルトは、コンラートが乗るティアメルの元まで駆け寄った。
普段からさんざんに罵倒されているとはいえ、ランベルトにとってコンラートは、たった一人の弟なのだ。
「あった、緊急開放装置!」
先ほど盛大な転倒をやらかしたランベルトだが、アントリーバーの勉強はきちんと受けていた。胸部装甲近くにあるハンドルを回し、強制開放させる。
「コンラート! おい、しっかりしろ……!」
「うっ……。てめぇ、何の、つもり……だ……」
衝撃に揺られたのは、コンラートも同様だった。胸部は潰されていなかったがために五体満足であったが、あの勢いの衝突は鍛えた肉体を持つコンラートでもこたえたのだ。
「やめろ。下手に触るな、悪化するぞ」
「お父様……」
父が
ランベルトは自分自身がしでかしてしまったことのショックで、その場から動けなかった。
***
それから二週間。
ランベルトは父に命じられ、今までの自室とは違う部屋に閉じこもっていた。
真っ白で味気のない内装で、質素なベッド。しかし、明らかに格式や過ごしやすさは落ちていた。
ついでに、家の従者はランベルトを決して部屋から出そうとはしなかった。廊下に、そして窓の外には大柄な従者がおり、しかも窓はご丁寧に白い石材で封鎖されていた。ランベルトの体格では抑え込まれる上に、割っても脱出はかなわないというわけだ。
何度も手を変え品を変え脱出を試みたランベルトは、しかし全てが従者によって阻止された。全てが失敗に終われば、気力もなくそうというものである。
食事だけは毎日3度届けられるが、脱出を試みた罰として、英雄機に関する資料は一切届けられない。今のランベルトには、この部屋は紛れもなく牢獄だった。
そうしてただ、無為に時を過ごすだけとなっていたランベルトは、あらゆる感情を殺してしまっていた。
「旦那様……? はっ、かしこまりました」
と、部屋の前を見張っていた従者が扉を開ける。
「ランベルト。出るんだ」
そう父に言われ、ふらふらと部屋を出たランベルト。
案内された先は、自室だった。
「服を着替え、部屋にある本をどれでも1冊持っていけ。貯めていた金もだ」
ランベルトには返事をする気力もなく、ただ言われたことをその通りにこなした。
貴族とは思えないほど質素な服装とお金、そして常日頃から持ち歩いている本を持つ。
「来るんだ」
それが終われば父は、今度は大広間へとランベルトを連れて行く。
「ランベルト……!」
「フン、来たか」
そこに待っていたのは、母と無事だったコンラートだ。
「コンラート……」
「気安く俺の名前を呼ぶなよ、平民ふぜいが」
ランベルトは、
その様子を見て、父がランベルトに告げた。
「ランベルト、よく聞け」
「はい……」
直後。父からは、あまりにも残酷な宣告がなされる。
「今より私たちは親子の縁を切る。ただちにこの家を出ていけ」
「あなた……!」
父を止めたのは、母だ。母はランベルトにもコンラートにも、等しく愛情を注いでいる。こんな一方的な宣告を受け入れられなかった。
「これは私たちが交わした約束だ。私は約束を、取り交わした通りに遂行した。それだけの話だ」
「だからといって、ランベルトにはあまりにも……!」
「くどい。これがあるべき姿だ。これこそがアルブレヒト家にふさわしい、約束ごとだ。逆らうなら、お前にも容赦はしない」
「そんな……」
母が愕然とするのを見たランベルトは、かすれた声を絞り出す。
「やめて、母さん。僕たちが……決めたことだ」
「ランベルト!」
「産んでくれて、ありがとう。それじゃあ」
それだけ告げると、やはりふらついた足取りのまま、ランベルトは屋敷を出ようとする。
「さて、これより私たちの子は、コンラートただ一人となった。
と、父は聞こえよがしに言い放つ。
「ありがとう、父さん。さて……まだいるうちに、一言だけ言うかな。ただのランベルト」
「……?」
足を止め、振り向くランベルト。
コンラートはヅカヅカと足音を立ててランベルトに近づくと、全力で殴り倒した。
「いやぁっ! 何をするの、コンラート!」
「黙っててよ、母さん!」
母が叫ぶのを、コンラートは一喝して黙らせる。そしてランベルトの襟首をつかみ、強引に持ち上げた。
「なんで俺より先に生まれただけの夢想家がさぁ、俺の兄なんだよってなぁ!」
そしてもう一発殴ると、地面に投げ捨てるように放った。ランベルトは抵抗もせず、ただされるがままだ。
「俺より先に生まれたってだけで、兄貴ヅラして……! 俺はずっと鍛え続けてたってのに、のんきなもんだったよ! あげく、俺のティアメルまで壊しかけてさぁ! それが今じゃこのザマだ、笑えるぜ!」
恩知らずにもほどがある言葉の数々だが、ランベルト含め誰もコンラートを止めようとしない。
ランベルトは精一杯の抵抗としてコンラートを
「なんだその目は、あぁ? 無能な平民は貴族の息子である俺の活躍を、地べたから羨ましそうに指ぃくわえて見上げてりゃあいいんだよ!」
ひとしきりランベルトを
ランベルトは傷ついたまま、やがて自らの
***
「どうするかなぁ……」
ランベルトは適当な木の根元に座り、空を見上げていた。
自身の境遇に反して、満点の星空だった。
「行くあてもないし、アントリーバーも動かせないし……。このまま僕、ひっそり死ぬのかなぁ……」
『いや、お前を死なせはしない。行くべき道を示すから、たどってこい』
そこに響く、謎の女性の声。
「だ……誰?」
『驚くことはない。お前は私をよく知っているはずだ、ランベルト』
「そんなこと、急に言われても……」
疲れ果て、気力すら尽きかけている今のランベルトには、誰なのかを考える余裕すらなかった。
そんなランベルトに、声はさらに呼びかける。
『お前は私を、深く、とても深く愛してくれている。お前が幼い頃からずっと、私に憧れ続けていた。お前の心の
「まさか……」
これだけの説明を受ければ、さすがにひらめく。
ランベルトには、愛するものがあった。それは古代の戦いにて、こう呼ばれていた。
「まさかあなたは、英雄機……なの、ですか?」
『ようやく分かったのか。ニブいぞ、あれだけ愛してくれていたのに』
女性の声は、自らを英雄機と認める。
「けど、今の僕は……」
『何を言うか。傷ついてこそいるが、お前はまだ心の奥底で、“生きたい”と願っている』
その声に続き、ランベルトの目の前には光の点で紡がれた道筋が現れる。
『本当ならば私が行き、お前を助け出したい。だが私は、何千年と動いておらず、そこに向かうだけの力すら眠ってしまっている。だからお前に道筋を示し、来てもらう必要がある』
「僕に……ですか?」
『ああ。お前は、生きていい存在だ。いや、生きてもらわなくては困る。何しろお前は、私の数千年の眠りを覚ましてくれる、英雄になるかもしれないのだからな』
英雄。その一言で、ランベルトの瞳に、静かに炎が
『だから……お願いだ。生きて私の元まで、たどり着いてくれ。そして、私と契約してくれ!』
「僕……生きて、いいの?」
閉じ込められ、罵声と暴力を浴びた上に追放されて。
すっかり心をすり減らしていたランベルトは、久しぶりに自身を肯定された気がした。
『ああ、生きていいんだ! お前の親兄弟が認めずとも、私はお前を認めよう!』
「本当……?」
『本当だ! だからランベルト、光をたどって来い!』
「うん……僕でよければ、やってみるよ!」
これが最後の望みかもしれない。
そう思ったランベルトは、足に精一杯の力を込め、一歩また一歩と光をたどりだしたのであった。
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