第10話 二人っきりで話し合い

「ふふふ、やはりランベルトは可愛いなぁ」


 ヴォルゼフォリンはランベルトから顔を離すと、からかうように呟く。


「もう、なんなのさヴォルゼフォリン! さっきから僕を『可愛い』って!」

「仕方ないじゃないか。お前を見ていると……何というか、庇護ひご欲をそそられてしまうんだ」

「庇護欲……。確かに、僕はヴォルゼフォリンがいてくれなければ、今ごろどうなってるかまったくわかんないけどさ」


 自尊心を刺激され、不満げになるランベルト。


「確かに僕は、今まで貴族である家に甘えてたけど。一人だけで生き抜く力も、まだないけど。けど、ちょっとそういう態度は気になるかな」

「……そうか」


 わずかにうつむく、ヴォルゼフォリン。

 それを見たランベルトは、慌ててフォローする。


「け、けど、助けてくれたことは本当に感謝してるよ!? それに僕を好きでいてくれるのもうれしいし……」

「やはりお前は最高に可愛らしい男だ、ランベルト!!」

「うわっ!?」


 ヴォルゼフォリンは嬉しそうに笑顔を浮かべながら、ランベルトをベッドに押し倒す。


「い、いたた……何するの、ヴォルゼフォリン?」

「ふうむ。この反応を見るに、まだお前には早いらしいな」

「早いって、何が……」

「いや、忘れろ。ところで、私に関する伝承やら何やらを聞きたいらしいが、どうだ?」

「えっ?」


 それを聞いた途端に、ランベルトの目が一瞬で輝きだした。


「聞かせてくれるの?」

「ああ。お詫びと言っては何だがな、そのくらいはするさ」


 ヴォルゼフォリンはむくりと起き上がると、ランベルトの隣に座る。体がピタリとくっついているが、今度はランベルトは嫌がらなかった。


「といっても、いろいろあるだろうからな。何から聞きたい?」

「うーんとね……ヴォルゼフォリンが造られた頃の話かな」

「そうか、その時か……。もしかしたら、お前の読んだ本とかぶってるかもしれないぞ?」

「いいよ、それでも。ヴォルゼフォリンから直接聞きたいからさ」

「そうか」


 ヴォルゼフォリンは話を進めながら、ランベルトの腰に左手を回す。


「そうだな……。私が生まれたのは数千年前なのだが、それはもう言うまでもないな?」

「うん。王国史にも載ってないくらい、大昔だよね」


 ランベルトの答えを聞いて、ヴォルゼフォリンがうなずく。


「ああ。そもそも、私が生まれた場所はこのメルヴィスタン王国どころか、全然違う星だからな」

「全然違う……星?」


 ランベルトにとって、星という概念は空にあるものだった。


「そうだぞ。別の星から、この星にやってきたのさ」

「別の星、かぁ……」

「想像もつかないか?」

「うん。世界は、陸と海と空だけでできてるって教えられたから」

「間違いとはいえないな。陸、海、空。どれも確かに、この星にある」


 ヴォルゼフォリンはランベルトの頭をそっと撫でながら、噛んで含むように話す。


「私やお前が今いるのは、陸だ。ここから北にずっと進めば海があり、そして見上げるのが空。私たち、いやこの世界に生きる人々と密接に関わっている」

「うん」

「だが、空よりさらに高いところに、黒い海がある」

「黒い海?」


 不思議そうな表情を浮かべるランベルト。

 ヴォルゼフォリンは右手を、ランベルトのほおに添えた。


「ああ。ただ、海とは言ったが、それは海水じゃない。この星にはない物質が、海水の代わりに満たされている。想像、できるか?」

「ううん……さっぱりわからない。ヴォルゼフォリン、そんな遠いとこから来たの?」

「そうだ。私は黒い海を渡って、この星にたどり着いた。そしてメルヴィスタン王国の前身となる国家を作った。いや、私の下に集まった人々がいつの間にか、作っていた……と言うべきかな」

「すごい……! 今まで僕が読んだどの本にも、書いてなかったことだ……!」

「数千年経っているのだ。正確な知識が伝わることは、まれだろうよ。それに私も、長らく黒い海には行っていないからな」


 ヴォルゼフォリンは話しながら、口の端をややだらしなく緩めていた。ランベルトが目を輝かせて自らを見ている、その状況に愉悦ゆえつを覚えているのだ。

 そんなヴォルゼフォリンの様子にも気づかず、ランベルトは夢見心地に呟く。


「黒い海……行ってみたいなぁ」

「連れていくか?」

「いいの?」

「ああ。だが、何の条件も付けずに連れていくのは、つまらないな」


 ヴォルゼフォリンはまたもいたずらっぽく笑みを浮かべて、人差し指を立てる。


「ランベルト。お前とある約束をしよう」

「約束……」


 その言葉を聞いて、ランベルトは身震いした。


「ねぇ、ヴォルゼフォリン」

「何だ?」

「僕を置いてったり、しないよね?」

「しないさ。その約束が果たせても果たせなくても、お前と一緒にいることは変わらない」

「ほんと?」

「本当だ。そもそも私と契約できる人間など、百年……いや千年に一度もいないくらい、数少ないのだぞ? お前と離れ離れになっては、逆に私が困ってしまう」


 ヴォルゼフォリンは優しく、ランベルトを抱きしめる。


「それに、これはお前を試し、鍛える意味もある」

「どういう意味?」

「ランベルト。実家に戻りたいとは、思っているか?」

「思わないよ」


 ランベルトは即答した。

 実家に戻れば、何があるのか。屈辱の日々だ。


 一方で、今はどうか。ランベルトは、ヴォルゼフォリンと一緒にいる。命を救ってもらい、しかも憧れていたヴォルゼフォリンの話を心ゆくまで聞けている。

 それだけでなく、今までに知りえなかったことを教えてもらったのだ。


 であれば、ずっとヴォルゼフォリンと一緒にいられるのはどちらか。ランベルトの心に、迷いはなかった。


「もう家のことは忘れるよ。アーデルベルト伯爵から絶縁を宣言されたんだ。僕はもう、アルブレヒト家の子供じゃない。ただのランベルトだ」

「よくぞ言った。よくぞ決断した、ランベルト」


 ヴォルゼフォリンは再び、ランベルトを抱擁する。


「であれば、約束を作ろう。ランベルト、強くなれ」

「強くなる?」

「何でもいい。自らが立てた目標を、達成してみせろ。私が満足すれば、黒い海にお前を連れていってやる」


 漠然とした、水を掴むような目標。

 それでもランベルトは、自身の抱く憧れに従った。


「約束、守ってね」

「当たり前だ。英雄機に二言は無い。だから強くなれ、ランベルト。私もお前を、全力で強くしてやる」

「うん! 伝承で見た英雄みたいに、強くなるよ!」

「その意気だ」


 ヴォルゼフォリンは抱擁したまま、ランベルトの頭を撫でた。


「可愛いランベルト……ふふっ」

「ちょ、ちょっと苦しい……」

「んん?」

「そ、その、おっぱいが…………きゅう」


 ヴォルゼフォリンの豊かな胸に圧迫され、気絶してしまった。


「ふふ、やれやれ……。これからが楽しみだ、ランベルト」




 ヴォルゼフォリンは気絶したランベルトを寝かせてやると、ずっと隣に寄り添っていた。

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