第11話 御前試合の話

 正午を迎えると同時に、ゲストルームにノックの音が響く。


「誰だ?」

「失礼します」


 入ってきたのは、フレイアだった。


「ランベルト様とヴォルゼフォリン様に、学園の昼食を振る舞いたく……って、おや? ランベルト様、眠っていらっしゃいますね」

「ああ、ちょっとな。いろいろあって疲れたらしい。少し休んでるさ」

「起こすには忍びありませんね……。このまま眠っていただくか、あるいは……」

「一緒に連れていくぞ」

「へ?」


 フレイアの予想を無視して、ヴォルゼフォリンはランベルトの近くまで向かう。


「おい、起きろランベルト。昨日から何も食べてなくてお腹が空いたろう、食べに行くぞ」

「ん……あ、フレイアさん。お世話になってます」

「どうも……」


 予想外の展開に、フレイアは面食らってしまう。


「それで、ご飯を頂けると聞いたのですが……」

「は、はい。今案内させていただきます。こちらへ」


 フレイアはランベルトとヴォルゼフォリンを連れて、廊下へ出る。来たときとは逆の道を進んでいた。


「ちょっと長いですね」

「はい。私が住んでいる寮まで、来ていただきます。ここのスープは絶品ですから、是非味わっていただきたく」


 先ほどまでは淡々とした表情のフレイアだが、今は少し嬉しそうだった。


「そんなに美味しいんですか?」

「もちろんです。行列ができるくらいの美味しさですよ」

「それは楽しみです」

「まったくだ。私も同様だよ」


 ランベルトは、前を向いたままヴォルゼフォリンに話しかける。


「ヴォルゼフォリン、君食事できるの?」

「できるぞ。この姿の時に限るがな」

「意外だなぁ」

「私は戦う機械だけではないからな。人間としての姿も持つし、人間として過ごす。もっとも理由としては、搭乗者の守護が最たるものだ」


 ランベルトとヴォルゼフォリンが話していると、フレイアが割って入る。


「あの……ヴォルゼフォリン様」

「何だ、フレイア」

「恋したことはあるのですか?」

「恋か。そうだな」


 ヴォルゼフォリンは、窓から空を眺めつつ話す。


「何千年前にはしなかったが……今は少し、違うな」

「“今は”……? 気になる物言いですね」

「ふふふ、そうか。私も気になって気になって、仕方がないよ」


 ヴォルゼフォリンはチラリと、ランベルトを見る。


「ぼ、僕?」

「ああ。私の長い人生において、初めての恋かもしれんぞ」

「そ、それは嬉しいけど……」


 正直、ランベルトにとってはまんざらでもない。今のヴォルゼフォリンの見た目は、正しく“美人”と呼べるものであった。


「まあ、最終的にはお前が決断するからな。誰か一人を選ぶか、あるいは好意を寄せる者全員を選ぶか……」

「ヴォルゼフォリン様。ランベルト様がお顔を真っ赤にされております」

「そうか。今は話せそうにないな」


 ヴォルゼフォリンはこっそりと、ランベルトの左腕に自らの体が触れるように近づいたのだった。


     ***


「着きました。こちらです」


 フレイアが案内した先には、木造と思われる寮があった。


「丸太組みの……寮?」

「そう見えるように造られていますね。実際は石や金属の骨組みですが」


 フレイアが一歩前に出て、扉を開ける。


「さあ、どうぞ。少しばかり混んでおりますが」

「どれどれ……」


 ヴォルゼフォリンが先に入り、中の様子をうかがう。

 そこには既に、30人ほどの学園生たちからなる行列ができていた。


「これは待つな……」

「いえ、時間は取らせません。こちらに」


 フレイアがもう一度、ランベルトとヴォルゼフォリンを案内する。


「レオニーおばさん、いらっしゃいますか?」

「はいよ。フレイアちゃんだね。一緒にいる二人は見ない顔だけど、転入生かい?」

「そうなるかもしれない方々かたがたです」

「そうかいそうかい。ま、頼まれた通り三人分のご飯は作っといたから、持っていきな」

「ありがとうございます。ランベルト様、ヴォルゼフォリン様。お先にどうぞ」


 フレイアは礼を述べると、ランベルトとヴォルゼフォリンにうながして先に取らせる。


「ありがとうございます。フレイアさん、レオニーさん」

「可愛らしい子だねぇ。そっちの美人さんも」

「感謝する。褒められるのは好きでな」

「そうかいそうかい! じゃあうちに来たら、褒め倒してやるよ!」


 ランベルトとヴォルゼフォリンは笑顔で一礼すると、パンや絶品スープなどの昼食が乗ったトレイを受け取ってテーブルへ向かう。


「いただきます」

「ふむ、ランベルト。食事前の挨拶とはいい心がけだな。では私も、いただきます」


 食前の挨拶を済ませ、スープに口を付ける。フレイアも静かに一礼してから、食事に口を付けた。


 しばし無言での食事が続き、完食まであと少しとなったところで、フレイアが切り出す。


「ところで、ランベルト様」

「はい」

「もしかしたらご存知かもしれませんが……ランベルト様は、アントリーバーを用いた御前試合にご興味はおありでしょうか?」

「御前試合……ですか。父……いえ、アルブレヒト伯爵から、話だけは聞いたことが」


 ランベルトの反応を見たフレイアは、さらに話を進める。


「でしたら、話は早い。ランベルト様、厚かましいかもしれませんが……ヴォルゼフォリン様と共に、御前試合に出てはいただけませんでしょうか?」

「それは構いませんが……」

「私たちはあくまでも部外者。ランベルトを入学させるか、それとも学園関係者として言い張るか……いずれにせよ、筋は通す必要があるな」

「ごもっともです。ですので、ヴォルゼフォリン様の実力を頼り、ランベルト様が入学できるように話を進めています」

「ほう、話が早いな」


 フレイアはこの数時間の間で、ランベルトの入学に関する根回しを進めていた。


「さてランベルト。目標からやってきてくれたが、今の気持ちはどうだ?」

「もちろん勝つよ。そうすれば、ヴォルゼフォリンに認めてもらえるだろうから」

「ああ。そういうわけでフレイア、すでに私たちの意思は決まっている。御前試合に出るために全力を尽くす」

「お二人とも、ありがとうございます」


 フレイアは律儀に席を立ち、頭を下げる。食事中なので本来はマナー上よろしくない行為なのだが、性分しょうぶんゆえにほぼ反射で行動していた。


「まあまあ、座れフレイア。ところで、御前試合に関する決まり事も知っておきたいものだ。私はアントリーバーに当てはまるかかなり怪しいものでな、下手をすれば門前払いになる。そうなったらランベルトは、出場者としては望めんぞ」


 ランベルトの起こした事故は、ヴォルゼフォリンも知っている。“ヴォルゼフォリン以外には乗れない”、それがランベルトとヴォルゼフォリンの共通認識だった。


「それは掛け合うことになるでしょう。あるいは直訴じきそするか、ですが……」

「いざとなったら私が乗り込むか。で、ちょっと“お願い”すればいい」

「やめてよ、ヴォルゼフォリン……」


 物騒なことを言い出すヴォルゼフォリンに、げんなりするランベルト。


「まぁそれは最終手段に取っておくとして、だ」

「取らないでよ……」

「今のランベルトの技量では、たとえ私で挑むことを許されても力不足だろうな。私の力は既にランベルトに示した通りだが、ランベルトが私に追い付かない限りはどれだけ私が強くとも、活かしきることはできない」


 突如として真面目な話をするヴォルゼフォリン。だがランベルトは、やはり真面目に聞いていた。


「そうだね。だから、強くなる必要がある」

「ランベルト様。是非、私たちに手伝わせていただけますか」

「ありがとうございます。むしろ僕から、お願いしたかったくらいですし」

「決まりですね。では、食べてしまいましょうか」




 ランベルトたちは残りのスープなどを平らげた。

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