第9話 恋とは火花散らすもの

 生徒会室を出てから、少しして。


「ねえ、ランベルト」

「な、何?」


 マリアンネが険しい表情で、ランベルトに問い詰める。


「さっきの話、本当なの?」

「うん……。もう勘当かんどうされて、今はただの平民なんだ」

「……やっぱり、納得いかない」

「ありがとう、僕のために怒ってくれて。けど、もういいかなって思ってる」

「ランベルト?」


 ランベルトは、ヴォルゼフォリンをチラリと見てから話しだす。


「家を追放されたのは、ショックだったけどさ。けど、憧れのヴォルゼフォリンに乗れたのは、そのおかげだったから。それに、本当はあの家の雰囲気が嫌だったから、追放されて清々しい気分だよ」

「本当に……本当に、それでいいの?」

「うん、いいんだ。これからのことは、おいおい考えることにするよ」


 ランベルトの答えを聞いて、マリアンネが驚きをあらわにする。

 そして、にこりとほほ笑んだ。


「やっぱり、ランベルトは強いね」

「全然。僕はそこまで強くないさ」

「ううん。とっても強い、心だよ」

「ああ。私もずっと見てきて、よく分かっているぞ」


 と、ヴォルゼフォリンが割り込んでくる。

 マリアンネが露骨に不機嫌な表情を浮かべるが、一向に気にしない。


「ヴォルゼフォリン?」

「お前が知らないのも無理はないだろうが、私はずっとお前を見ていたぞ。生まれ落ちた時から持っていた莫大な魔力……見るなというのが無理だ」

「そっか……だからさっき、僕がアントリーバーに乗れなかったのも知ってたんだね?」

「ああ。そして“継承の儀”を終えたとき、私はお前の記憶をも受け取っている。これまでは傍観者だった私にも、記憶としての実感がある」


 ヴォルゼフォリンは穏やかに、そして少しうっとりした様子で話す。


「だからこそ、でたくなるのさ。ランベルト、お前をな」

「ぼ、僕?」

「ああ。そうは思わないか、マリアンネ?」

「……気安く、呼ばないでください」


 ランベルトに向けた声とは対照的だ。冷気が混じっている。


「あらら、嫌われてしまったか。確かに、急に現れてなれなれしくランベルトに話す私を好くとは思えんがな」

「お分かりなのでしたら、大人しく――」

「それはできんな。お前が2歳のときに出会うよりも先に、私はランベルトを生まれたときからずっと狙っているからな」


 ヴォルゼフォリンとマリアンネは、視線で火花を散らしあう。


「ちょ、ちょっと待って二人とも!」


 板挟みとなっているランベルトとしては、たまったものではない。慌てて仲裁する。


「二人とも選ぶ、じゃ……だめ?」


 その言葉がきっかけで、無言の時間が通り抜ける。

 最初に沈黙を破ったのは、ヴォルゼフォリンだった。


「豪快だな、ランベルト。数千年前に私を駆っていた男も、こんな感じだったな」

「ヴォルゼフォリン……」


 ヴォルゼフォリンはランベルトの頭の上に、左手をポンと乗せる。


「な、なに?」

「やはりお前は可愛らしいな。好きになってしまう」

「は、はわぁ……」


 照れてしまったランベルトは、脱力してしまう。


「むむぅ……」

「おい、マリアンネ」

「何かしら?」


 敵愾心てきがいしんむき出しでヴォルゼフォリンをにらみつけるように見つめる、マリアンネ。

 そんなマリアンネに向けて、ヴォルゼフォリンは衝撃の言葉を投げかけた。


「この国では、重婚は認められるのか?」

「……………………は?」


 たっぷり沈黙を作ってから、マリアンネが答える。


「もう一度聞こう。この国では、重婚は認められるのか?」

「な、なんで!? き、貴族とか王族なら、認められるけれど……」

「そうか、貴族なら……か。ひらめいた」

「な、何よ……」


 ヴォルゼフォリンは、悪意を込めた笑みを浮かべる。先ほどまでの敵愾心はどこへやら、マリアンネは引いていた。


「ならばまずお前とくっつけて貴族にして、それから私はランベルトの妻になるか」

「待ってヴォルゼフォリンーーーーー!?」


 とんでもない計略がヴォルゼフォリンの口から語られたタイミングで、ランベルトが割って入る。


「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってってば! な、なな、なんでそういう話に……」

「私がお前を好きだからに決まってるだろうが、ランベルト」

「そ、それを言うなら私もだよランベルト!」

「は、はわわわわ……」


 突然明らかにされる好意に、ランベルトは戸惑っていた。


(なんで、なんでこのタイミングで!? いや、ヴォルゼフォリンもマリアンネも、魅力的だなって思ってたけどさ! でも、でもだよ、マリアンネはいいとしても、ヴォルゼフォリンは僕を好きになるには早くないかな!?)


 顔を真っ赤にしてパニックになっているランベルト。

 と、ヴォルゼフォリンが呟く。


「おや、ここか。着いたぞ、ランベルト」

「はわっ!? あ、“ゲストルーム”ってある……」


 壁に掛けられたプレートには、間違いなく“ゲストルーム”と書かれていた。


「むぅ……このまま離れる気分にならない……」

「ならお前も残ればいいだろう、マリアンネ」

「仕事があるんです!」


 ヴォルゼフォリンに、マリアンネが食ってかかる。


「まぁまぁ、マリアンネ。落ち着いてよ」

「うん、ランベルト」

「落ち着くの早いね」

「ランベルトに言われたら、ね? はい、これが鍵」

「ありがと」

「本当はお茶とか出したいんだけど、他にやることあるから……またね、ランベルト」

「ああ、またね。マリアンネ」


 マリアンネは笑顔で手を振りながら、生徒会室へと戻っていった。


「ふむ、あれがお前の幼馴染か。実に分かりやすいな」

「そうだね。僕はまだ、心の整理がつかないけど……。それより、ヴォルゼフォリン」

「何だ」

「あんまり、マリアンネをからかわないで。僕の大切な幼馴染だから」

「わかった」


 ヴォルゼフォリンはあっさりと、ランベルトの頼みを受け入れる。


「それはそうと、入るぞ」

「うん。ちょっと待ってね」


 渡された鍵で、部屋に入る。


「けっこう広いね……。僕が屋敷にいたときと、同じくらいある」

「何というか、充実した設備だ。こうしてもてなされるのも、悪くはないな」


 やや豪華な雰囲気の、広々とした部屋だ。

 入浴設備や洗面所、トイレ、キッチンなど、一通りの設備が揃っている。


「ふむ……ところで、一番気になるのがある」

「どれ?」


 ランベルトが話に乗ると、ヴォルゼフォリンはいたずらっぽく微笑んだ。


「ベッドだよ」

「んん?」


 意味が分からないと言いたげに、首をかしげるランベルト。目線の先には、豪華なベッドがあった。

 どう見ても、幅2mメートル、全長2mメートル強はある代物しろものだ。


「すっごい大きい……。けど、これがどうしたの?」

「ふふっ、ランベルトはウブだな。だが、それがいい」

「?」


 戸惑うランベルトに、ヴォルゼフォリンは顔を寄せる。


「これだけ大きなベッドならば……多少派手に動いても、安心してコトが済ませられそうだな。そう思わないか、ランベルト?」


 ランベルトは、ヴォルゼフォリンの言っていることの意味を分かっていない。




 しかし雰囲気から、もう一度顔を耳まで真っ赤にしたのであった。

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