ビアドロップ

あんちゅー

お酒ってさ

じめじめ蒸し暑い夏が過ぎて、溜め込むための秋が来る

ぬくぬく肥沃に冬を迎えて、脱ぎ捨てるんだと春を待つ


生まれて1つ歳をとり、ゆっくり大人になあれと言った、僕らを見つめる優しいあなた


喋った、立った、おめでとう、成長見るのが嬉しいあなた、ことある毎に写真を撮った


入学、卒業、おめでとう、次第に大きくてなってく僕と、僕らのためだと疲れた顔を浮かべたあの日を覚えてる


仕事続きの7連勤、久々帰ったあなたは呑んで真っ赤な顔で母を怒鳴った


顔を見ないあなたの帰りを食卓に並ぶ空き缶で知る


缶に残ったほんの少しを舐めて顔を歪めた記憶が残る


僕あなたが大嫌いだった


何より仕事と割り切るあなたを、世間知らずの甘えん坊が勝手に嫌って荒れていく


反発するほど荒れてく心、たまに帰れば口うるせぇなと当たり散らして飛び出す僕ら


いつか分かるとあなたは言った



じめじめ蒸し暑い夏が過ぎて、溜め込むための秋が来る

ぬくぬく肥沃に冬を迎えて、脱ぎ捨てるんだと春を待つ


四季が巡って歳をとり、僕たちが大人になった頃、次は君だと酒を酌む

今はまだ素直に応えることは出来ない


何となくだが飲むことを覚え、飲んで飲まれて繰り返す。仲間うちでも繰り返す。

吐いて忘れて、いつまでたっても大きく笑って遊んでられた


それでもまだまだなれないあの味

舌に残ったあの日の味だ


勉強、バイト、遊びにまみれ、単位もいくつか落とし気味

楽しけりゃいいやと缶を煽って街をうろつく就活生


最後の学生卒業間近、大好きなあの子が結婚をした

僕らは飲んで飲み明かす

夜になったら笑って飲んで、朝がきたなら吐きながら飲んだ


これで会えるのも最後かもなとしんみり誰かがそう言った

楽しかったなこの4年、飲んだことしか記憶にない



じめじめ蒸し暑い夏が過ぎて、溜め込むための秋が来る

ぬくぬく肥沃に冬を迎えて、脱ぎ捨てるんだと春を待つ


仕事を始めた1年目、みんなが教えてくれた仕事を全部、忘れないようにメモに書いては覚えの悪さに嫌気がさした


先輩たちと仲が良くなり会社帰りに飲みに行く

口から出るのは上司の愚痴と、酒と女と変わりはしない

いつまでたっても男は男


一目惚れした取引先の受付嬢にアプローチ


数度のデートの誘いに折れてようやく行った初デートはさ、工場見学って笑えない

それでも彼女は楽しそう


本気で好きだとそう思った時

喧嘩も忘れて走っていたよ

2人で布団にもぐってポロリ

ほんのり涙をこぼした彼女


久しぶりだと集まったバカ

何年ぶりだよ連絡よこせよ

言い合い頷き煽った酒の美味いことったらありゃしない


俺たち結婚するからさぁ

大いに酔えやと酒を被った、めでてぇなぁと口にしたのは敵だったやつ



じめじめ蒸し暑い夏が過ぎて、溜め込むための秋が来る

ぬくぬく肥沃に冬を迎えて、脱ぎ捨てるんだと春を待つ


久しぶりですお元気ですか?

何気なく避けてたあなたに会うのは

あなたはすっかりまぁるい笑顔で

ボロボロ泣いて喜んでくれる


子供が生まれてようやくか

大人たちが負っていただろう、重さにやっと気がついた


ばぁばとじいじに会いに行きたい

喋れるようになった息子は口癖のようにそう言った

そうだな行こうか、なんにもないのにただ会いたくて地元に帰る


初めてだなとみんなが寝静まった居間であなたと缶の口を開けて飲む

久々に飲んだその味はあの日を思い出させてくれる


あのころ叱ってくれてたあなた、本当は優しく見守ってくれた。

知らず知らずに偉大なあなたの、背中で育ったことを知る。


憎く思ったその感情もまたお前の1つのSOSだと、今更ながら思い知ったと

やつれた父はそう言った


苦手に思ったビールの缶の一のみする度思い出す

あの日の舌に残った感情、あんなに嫌いだと思ってた気持ち、ただそばにいて欲しいと思っていただけ


最後に残った缶の1滴

ビアドロップが好きなんだ

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ビアドロップ あんちゅー @hisack

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