第13話 あたしのあのこのお気に入り

「ご注文承りました。ご用意いたしますのでしばらくお待ちください」


 一礼して離れていく店員さんを見送って、お水を一口。ほんのり広がるレモンの香りを楽しみながら喉を潤す。お昼どきからは少し外れた時間なのに、海を一望できる明るい店内は満席。あちこち寄り道してお昼どきを逃したのもかえって良かったのかも。


「すっかり遅い時間になっちゃったね。お腹ぺこぺこだよ」

「写真撮るのにあんなに時間かけるからよ。全然終わりにしてくれないんだから」

「え〜? それはあやめがNG出しまくりだったからじゃん?

 ポーズ取ってくれなかったり、変な顔したりして」

「わかっててやらせてたでしょ? ああいうの私が得意じゃないってこと」

「ああいうのって言うと、こういうのの事かな?」


 顔の近くで指ハートを作ってにっこりと笑って見せる。みんなで写真撮るのに混じってるうちに、なんとなく覚えた定番のポーズ。


「はい、あやめも一緒にいぇ〜い♪」

「いえーい…… って、もうそういうの終わりでしょ! やらせないでよ、もう」


 少しむくれた顔でお冷を口にするあやめ。ついノリでやりかけるあたり、あやめも基本はノリがいいんだよね。いや、あれは流されてるだけかな? かわいいのでどっちでもあたしはいいけど。


(でも実際のところ、あんなに手間取るなんて思ってなかったんだよね)


 あやめもこんなの普通にどこかで覚えてるものだと思ってたのだけど、こういうのは本当に疎かったみたい。優等生のあやめにあたしが何か教えるなんてこと、そうそうないじゃない? そう思ったらつい楽しくなっちゃって、悪乗りしすぎちゃったかも知れない。SNSに上げる写真を撮るついでに、あれこれと教え込んでしまった。


「ごめんごめん。でも、あやめもすっかり慣れたみたいじゃない?

 今の指ハート、かわいかったよ〜」

「はいはいありがと、でももうやんないから。

 それより、SNSに上げる写真決まった?」

「そういえば、勝負するんだっけ。まだ写真決めてないや。

 あやめはいい写真ばっかりだから選ぶの大変だよ〜」


 スマホを取り出してギャラリーをスクロールしていく。あやめも同じ様に自分のスマホの画面に目を落としている。さっき撮ってくれたあたしの写真を、あやめが真剣に厳選してくれてるって思うと、なんだかこそばゆい。


(苦労してポーズも表情もばっちり決まってるのは最後のやつだよね。

 これがあたしとしては一番のお気に入りなんだけど……)


 お気に入りの一枚は確かにベストショットだって思えるんだけど、勝負に使うのは別の写真のほうがいい気がしてくる。目についたのはあやめが適当に立ってるのを撮った時の一枚。あれこれ注文をつけて撮った写真もいいんだけど、ふとした瞬間を切り取ったこの一枚は普段のあやめそのものという感じで自然な良さがある。


(あやめの良さってこういう飾らないところなんだろうな)


 フォトスポットの壁には大きな羽根が描かれていて、その前に立つとみんな羽根を意識してポーズを取ってしまう。だけどあやめは違っていて、背後の壁のことなんてまるで気にせずに自然体で立っていた。


 少し斜めに立って、顔はまっすぐカメラの方。レンズの方を一心に見つめる瞳がすごく印象的で、少しマニッシュな今日のあやめの服装にもぴったりなビビッとくる表情。


 一番のお気に入りの楽しげに笑うあやめの写真とこの写真で迷ってしまう。


(楽しそうにしてるあやめなんていうレアな表情、他の人には見せたくないしね)


 結局、最後のひと押しはちょっとした独占欲だった。あやめはこうして一緒に過ごすようになってからも、普段の学校生活では今まで通りつんと澄ました顔で通している。いろんな表情を見せてくれるのは、あたしと二人きりのときだけ。ランチ代がかかっているとしても、これを他の人に見せてあげるのはもったいない気がする。


 SNSに上げる写真は自然体なあやめの写真にしよう。そう決めて目を上げると、あたしの方を気遣わしげに見つめるあやめと目があってしまった。


「そんなに見つめてどうしたの? そんな情熱的に見つめられたら惚れちゃうよ?」

「もう、そんなのじゃないから。透子の指を見てたの。

 すっかり絆創膏が板についちゃったなって」

「ああこれかぁ、気になっちゃう?」


 指先の絆創膏はあやめに血を分けてあげた証。あの日屋上で交わした約束どおり、あやめには定期的に血を分けてあげている。安全ピンで指先を傷つけて血を数滴。その度に絆創膏を指先に貼って過ごすのは、もうすっかりあたしの日常になっている。


「私のために透子に怪我させちゃってるって思うと、なんだか申し訳なくて」

「そっかぁ、そんなに気にさせちゃってたんだね。

 気づいてあげられなくてごめん。

 これ、念の為でつけてただけだから外しちゃうよ」


 あやめによく見えるように指を立てて、あたしは絆創膏を外してみせた。前に血をあげたのは結構前だから、傷はすっかりふさがっている。内側のガーゼに血の跡が無いことをあやめにも見せて、傷なんてもうとっくに塞がっていることを教えてあげた。


「ほらね、もうすっかり治ってるでしょ?

 本当に大した傷じゃないんだからそんなに気にしないでよ」

「そうやってごまかそうとしないで。指、もっとちゃんと見せて」


 あやめに手を取られるがまま、指先を彼女の目の前に差し出す。少しの傷跡も見逃さない、そんな感じで真剣に指先を見るあやめの様子に少しどきりとしてしまう。大丈夫、本当に大した傷じゃないんだから傷跡だって残っていないはず。


「よかった、本当に綺麗になおってるね」

「絆創膏、貼ってるの嫌だった?」

「うん、嫌ってわけじゃないけど気にはしてた。

 それ見る度に透子のこと傷つけちゃってるなって思っちゃって」

「そっかぁ。じゃあ今度からできるだけ貼らないようにするよ。

 気にさせちゃってごめん」


(あたしはこれ、あやめとの約束の証みたいな感じで好きだったんだけどな)


 正直少しさみしいけれど、あやめの負担になるのならやめたほうがいいよね。剥がした絆創膏をペーパーナプキンでくるんで脇に追いやる。


「あのね透子、私のこと負担になるようだったらちゃんと言ってね。

 私がこうやって外を出歩けてるのは、

 あなたの好意に甘えてるんだって自覚はあるから」

「もうまたそれ言うんだから。

 あたしはあやめに頼られるのが好きでやってるの。

 むしろ、あやめに見捨てられたら泣いちゃうんだからね?」

「透子、なんかそれ重いよ」

「あ、ひどい。重いこと言い始めたのはあやめの方なのに」


 あやめのほっぺたをむにぃっと引っ張ってやると、おどけたように痛がってくれる。場が和んだところでそろそろ勝負しますかという流れ。


「入れるアプリってこれでいいのかな?」

「そうそう、登録してから適当にプロフいれちゃって……」


 ここに来るまでの間に声をかけてきた二人組の男の人が意外なところで役に立った。あのとき手渡されたカードを見ながら、コーデ共有アプリを二人してインストール。相手から渡された写真を使って投稿する準備をしていく。途中で注文したメニューを店員さんが運んできてくれたけど、まずはこっちを終わらせたい。


「でも本当に真面目な話だけど、透子には感謝してるからね。

 あなたになにかお礼出来ること、何かあったら遠慮なく言ってね?」

「じゃあさ、SNS勝負なんてしないで今日のランチ代はあやめ持ちってことで……」

「それとこれとは話が別。勝負は勝負、しっかり勝ち負け付けないと」


 お互いの推しの一枚をセレクトして、あたし達は同時に送信ボタンをタップした。

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