第12話 おさんぽびより

「この道って倉庫の方に一直線に続いてるじゃない?

 昔は線路が通ってたみたいなんだよね。

 ここから真っ直ぐ行くと、昔の駅の跡みたいなのも残ってるんだって」

「マップで見た時になんか不思議な地形だと思ったらそういうことだったのね。

 こう倉庫まで一直線に細長く埋め立てられてて」

「そうそう、橋がかかってるみたいな地形でしょ?

 陸側と海側で見える景色が違うから面白いんだよ〜」


 私達は海沿いの遊歩道を他愛もない話をしながら歩いていた。昔は貿易倉庫として使っていたという赤いレンガ造りの建物がとりあえずの目的地。その近くにあるお店でお昼を食べようと言うことで、透子に連れられて歩いているのだけど思った以上に時間がかかっていた。


「あ、ちょっといい? あっちの方見てみようよ!」

「透子、そんなに引っ張らなくてもついてくから。ああもう、そんなに引っ張らないで!」

「あやめ、おそ〜い!」


 ちょっとした観光ガイドのような透子の解説を聴きながら歩いていくのだけど、これがまっすぐ進まないのだ。透子の気ままな解説のままに、袖を引っ張られては右に左に進路がそれる。今日は歩き回るという透子の言葉に従って、履き慣れたエンジニアブーツにして正解だった。


(私がこの辺りに来たことが無いって、誘うときから分かってたのかな。

 きっとこうやって、あちこち案内してくれるつもりでいたってことよね)


 透子に引っ張られるままについて歩きながら、上機嫌な透子のおしゃべりに相槌を打つ。もとは貨物路線の線路だという遊歩道は、舗装された道の周りはよく手入れされた芝生になっている。歩いているだけで景色がよくて、気分も良くなる。私達の他にものんびり歩いているような人がちらほらと見えるけど、駅近くに比べたら人もまばらなので私も気負わずに景色を楽しんで歩けていた。


「家族でたまに来るくらいって割には透子くわしいのね」

「流石に生まれも育ちもY市だから、これくらいは当然」

「私はこっちに来てまだ数年だから全然ね。

 でも今日初めてここが港町って言われてることに実感が湧いたわ」

「港町のイメージはこのエリアだけだから、まあしょうがないよ」


 あっちにはドックを改装した広場があるだとか、あそこの帆船は実はまだちゃんと航海できる状態で保存されてるだとか、あっちの公園には昔の豪華客船が展示されてるだとか。海の中を突っ切るこの遊歩道からだと、遠目にあちこちの観光スポットが眺められる。まだ行ったことも無いのに、この辺りの地理に詳しくなったように感じられるから不思議だ。


「でも今日はいい天気で助かったよね。

 海沿いだからこの辺いつ来ても風があるからさ。

 天気悪いと寒くて歩いてらんないんだよね」

「今日の透子の格好だと特に寒そうよね」

「あやめもそんなにしっかり着てるってわけじゃないよね?

 あたしとそう変わらなくない?」

「デニムの下にタイツ履いてるから透子より全然あったかいと思うよ?」

「あ、なんかずるい」


 倉庫までの半分くらいといった頃には、流石に観光案内もネタ切れになってきたようだった。寄り道も少なくなり、おしゃべりも他愛もないことになっていく。これから行くお店のメニューを見ながら、何を食べようと相談し始めた時にそれは起こった。


「あのー、ちょっといいですか?

 よかったら写真撮らせてほしいんですけど、時間どうかな」

「はい?」


 いつの間にか私たちに歩調を合わせるように、二人の男性が歩いていた。声を掛けられて思わず立ち止まってしまった私の前を塞ぐようにして彼らも足を止める。


「あやめ、こういう時に足止めたらダメだって……」

「まあそんな事言わないでさ。

 俺らコーデとか載っけてるアプリの運営してる会社のモンなんだけど。

 今度のストリートスナップ企画みたいので君ら使わせてほしいんだよね」

「あやめちゃん、高校生かな? きみ、大人っぽいってまわりから言われるでしょ?」


 透子に一人が名刺大のカードを差し出してる間に、もう片方は勝手にカメラを構えて私にレンズを向けてきた。とっさにレンズに手のひらをかざして拒否するけど、カメラを構えた男性は諦める様子はない。写真撮った後に話を聞かせてくれたら、お茶くらいはおごるだとか食い下がってくる。


 思わず透子に助けを求めて隣を見たけれど、透子は透子で派手な見た目の男性に絡まれて辟易しているようだった。


「そんなに警戒しなくても変なアプリじゃないから。

 みんな普通に撮らせてくれてるし、ダイジョーブ、ダイジョーブ」

「全然だいじょうぶに聞こえないんですけど。

 あたし、別に”いいね”とか貰って喜ぶほうじゃないんで、こういうのどうでもいい」

「え〜、せっかく可愛くしてきてるんだし、写真撮って残しとこうよ?

 連絡先教えてくれたら撮った写真も送ってあげるし。

 ね? 撮っとこう?」

「撮らせないし、写真もいらないです!

 連絡先なんて教えたら何されるかわかんないし!」


 普段はそつなく受け流す透子が、今日は相手のペースに飲み込まれていた。というよりも、相手がやけに積極的と言うべきか。それほど背も高くない透子に覆いかぶさりそうな勢いで詰め寄っている。透子の表情には少し怯えがあるように見えた。


「透子、行こう。こんなの相手にしてたら時間無くなっちゃうよ」


 頭で考えた行動ではなかったと思う。気がついたら私はブーツのつま先で、男のスネを思い切り蹴り飛ばしていた。透子に詰め寄る派手な男が足を抱えてうずくまる。そのスキに透子の手を引いて走り出した。


 透子が転ばないように気をつけながらどんどんと先を急ぐ。追いかけてこられたらどうしようという不安がちらりと脳裏をかすめる。振り返るのが少し怖い。


「あやめ、ありがと。追って来てないみたい」


 うしろを振り返ったのか、透子がそう言ってくる。こわごわと後ろを振り返ると、あの二人組がだらしない足取りで遠ざかって行くのが見えた。すこしペースの上がった脈拍がゆっくりと落ち着いていく。


「手を引いてくれる あやめ、かっこよかった〜 あたし、キュンとしちゃったかも?」

「どういたしまして。私にはそんな余裕なかったわ。

 なんだったのよ、あれ。この辺ってああいうの多いの?」

「知らないよ〜 あんなのに会ったのあたしだって初めてだし」


 ほらあたしって地味だし、なんて言いながら透子はふにゃっと表情を緩める。今日は普段とは違うのではないかと思ったけれど、黙っておくことにした。怖かったね、と言い合いながら倉庫に向かって歩き始める。


 けれど、安心できたのはつかの間の時間だった。


「お昼の情報番組なんですけど、ちょっとインタビューを……」

「カットモデル探してるんですけど、もしよかったら……」

「こんにちわ〜、君たちめっちゃタイプなんだけど、僕らと……」

「なんか気になったんで声かけたけど、オレ何したかったんだっけ……」


 少し歩くたびにやたらと声をかけられて、そのたびに逃げ出すのを繰り返す。私も透子も戸惑うばかりで、とにかく人目を避けて先を急ぐ。ようやく途切れたアクシデントから逃れるように、人目から隠れたベンチを見つけて二人して座り込んだ。


「なんで今日に限ってこんなに声かけられるのよ……」

「いや〜 これはあやめさんが美人すぎるせいですね〜

 さすが学年一の美少女だけあるわ〜」


 ぱたぱたと手のひらで顔を扇ぎながら透子が目をそらす。ふざけているようにも見えるけど、なにか隠しているようにも見える。普段透子が目立たないことを心がけているのも、なにか理由があるように思えてしまう。


「本当に私のせいかしら? 今日の透子が普通じゃないからじゃないの?

 だいたい私、声かけられること自体、経験が無いんですけど」

「そんなのあたしだってされたこと無いよ。地味系女子なめんなし!」

「今日の透子は可愛いい全フリなのに何言ってるのよ。

 次に地味って言ったらこの写真、SNSで拡散するからね」


 横に座ってる透子にスマホを向けて適当に写真を撮る。不意打ちで撮ったというのに、きょとんとした表情が愛らしい。これで地味だとかモテないだとか、どの口が言うんだろうか。


「あ、ひどい! あたしにも撮らせろ!」

「どうぞ、好きに撮ってくださいな」

「ずるい、変顔とかずるい! ふふっ、あやめもそんな顔できるんだね」


 カシャカシャと写真を取り合ってじゃれ合うのが楽しい。楽しいのだけれど、お互いの意見は平行線のまま。透子は私が美人だからだといい、私は透子が可愛いからだという意見を譲る気はなかった。


「そういえば写真とるのにいい場所が、この近くにあるのよね」


 透子はスマホの画面を見せてくる。大きな羽根が描かれた壁を前にポーズを決めてる人たちの写真が並んでいた。なるほど、私達のあいだで決着つかないなら、条件を整えて他の人に判断してもらおうということか。


「ここで撮った写真をSNSにあげて、反応が良かった方の負けってことで」

「それでいいわ。お昼ごはん、負けた方が奢るということでいいわよね?」

「もちろん。こういう勝負であやめに負けるなんて考えらんないもん」

「今日は透子に声かけてる人ばっかりだったこと、

 気がついてないなんて可哀想に……」

「例えそうだったとしても、

 声かけづらいくらいにあやめが美人ってことだと思うけどね」


私たちは顔を突き合わせて、お互いに不敵な笑みを浮かべあった

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