第14話 はじめから分かっていたこと

「絶対なんか変よ! なんで私の方にばかりいいねがつくの⁈」

「ほらほらあやめさん、ちょっとピクルスでもつまんで落ち着きましょうよ」


 ランチセットについてきたピクルスサラダから、ピクルスをフォークに刺してあやめに差し出す。一口齧ってみたものの、あやめは少し顔をしかめいる。そんなに美味しくないのかな? そう思ってフォークに残ったピクルスを口に運ぶ。


「あ、このピクルスちょっと浸かりすぎかも」

「うん、私ももうすこし浅い方が好み」


 ふたりしてもきゅもきゅとサラダを口に運ぶ。ピクルスだけを食べると浸かりすぎかと思ったけれど、サラダとして他の野菜と一緒に食べると丁度いいかな?


 そんなことをなし崩し的に話していたら、あやめがまた元の話題を思い出したようだった。


「だからそうじゃなくて。透子、なんかずるい事してるでしょ⁈」

「だから何をどうしたらズルなんてできるのよ?」

「それが分かればこんな事聞かないわよ」

「なるほど。でもあたしがズルしてるとして、それをあやめにいうと思う?」

「それもそうね……」


 あやめが気にしているのはランチ代をかけた勝負の行方。あたしとあやめのどちらが人目を引くのかをSNSに写真をあげて勝負するというこの勝負、現在2倍くらいの差をつけて圧倒的にあやめの写真にいいねが集まっている。つまり、このままいけばこの勝負は私の勝ちということになりそうだった。


「今日の透子は絶対可愛いじゃない?」

「そこまで言われるとちょっと照れるよ。けどありがと」

「私はいつも通りで普段着みたいなものじゃない?」

「うん、あやめ。それあんまり大きな声で言わないでね。

 あたしもあんまり穏やかじゃいらんなくなる」

「なのにどうして、透子がもっと評価されないのよ?」


 なんでだろうね〜、と調子を合わせながらメインディッシュに手をつける。お皿に乗せられたサーモンの蒸し焼きは程よく油が落ちていて、口に運ぶとお肉とはまた違った旨味が口の中に広がる。うん、美味しい。


「まあほら、いくら頑張っても素の地味ぱわーは隠せないって事でしょ?」

「う〜ん最近その地味キャラ無理が出てきてない?

 透子ってそうやって隠してても男子に人気なわけでしょ?」

「そんな事ないって。地味で目立たない透子さんは健在です。

 昨日だってメッセしたでしょ?

 初対面の子に”そこの地味子”なんて言われたんだよ?」


 思い出したらなんだか少し心がささくれ立ってきた。思い出しムカつきする程度にはあの糸目の女の子に言われたことはショックだったみたいだ。今日のあたしが地味キャラを放棄している理由の半分くらいは、まあ正直なところあの子のせいと言ってもいいと思う。


「なんでそこで怒るのよ?

 透子は好きで地味にしてるんだしいいじゃない、地味子で」

「あやめならともかく、知りもしない子に言われるのはむかつくの!」


 私は糸目の子への苛立ちのままに口を尖らせる。苛立ちが手元にも出てしまって、お魚を切り分ける音がすこし耳障りだ。あやめはと言うと、メインディッシュのタンドリーチキンをナイフとフォークを使って綺麗に骨と身を切り分けることに没頭しているみたいだった。


「そんなに悪いものでもないんじゃないかしら?

 いつもの学校での透子も私は好きよ?」

「あらうれし。もう付き合っちゃおうか、あたしたち?」

「もう、そんな気ないくせに透子はすぐそういうことを言うんだから」


 あたしの告白はバッサリと切り捨てられる。あやめに告白して振られる男子の気持ちを少し体験できた。本気で告白してこれだったら、立ち直れないかもしれない。サーモンを頂きながら、玉砕していったクラスメイトたちに心の中で合掌しておく。


「それにしてもどうしてこんなに差がついてしまったのかしら?

 私、透子の写真の方が絶対可愛いって思ってるのだけど」


 アプリに投稿したお互いの写真を見比べてみる。掲載順が下がったせいか、もうほとんど評価の数に動きはなくなっていた。もちろん、あれだけの差が覆るわけもなく、勝負は私の勝ちだった。


「それはあやめの美的センスの問題なんじゃないかな。

 これだけの人があやめの方がいいよって言ってるわけだし?」

「透子、ちゃんと私の目を見て話してちょうだい。

 あなた、なにか絶対隠してるでしょ?」


 問い詰める様にあやめが疑いの目を向けてくる。まあ隠しているといえば隠しているのかな? あやめの写真の方があたしの写真よりウケてる理由、なんとなくわかるし。


 あやめの写真はモデルさん風に見えるからね。それにくらべてあたしの写真はスナップ写真風で親しみやすい感じ。コーデを見にくる利用者はモデルさん風の方が好みなんじゃないだろうか。そんなことをあやめに説明してあげる。


「つまり、写真選びの時点で私は負けていたってことなのね」

「まあそうともいうかも?」

「それじゃあ、どっちが原因で声をかけられてたか、

 この勝負だとわからないじゃないの」


 くてっとあやめがテーブルに突っ伏して、恨みがましい目で見上げてくる。まああたしだって、結果を見てから気がついたことだし、そんな目で見られても困るのだけど。


「あやめ、やけにこの勝負にこだわるね。

 あんまり勝負事にこだわるイメージなかったんだけど、理由があったりする?」

「それはこだわるわよ。今日はこの後も透子とゆっくり過ごしたいじゃない?

 それをさっきみたいに邪魔されたら嫌だから、

 何が原因なのか少しでも知っておきたいのよ」


 あやめの答えを聞いて、あたしは急に恥ずかしくなってきてしまった。あたしは何を一人で浮かれていたんだろう? あやめはこんなにあたし達の時間のことを大事に考えてくれていたのに……


「透子、どうしたの? 顔赤いよ?」

「だいじょうぶ、ははは、ちょっと暖房きついのかな?」


 あたしの様子が変わったことにすぐに気がついて、あやめは心配そうに声をかけてくれる。あたしは下手な言い訳をしながら、水を飲んで気持ちを落ち着ける。


(あたしが隠し事なんてしていなければよかったんだ。

 そうすればあの時だって、あたしの体質で迷惑かけてごめんねって

 素直に言えたのに……)


 あやめが鬼の血のことを誰にも打ち明けられずにいた様に、あたしにも誰にも打ち明けられない秘密があった。あやめと同じようにあたしの家に受け継がれてきた古い血とそれがもたらす特異な体質。


 今日やたらと人を呼び寄せてしまったのもその体質が原因なんだと思う。そしてあたし達が出会ったあの日だって、あたしがこの体質でなかったら、あやめだって私を襲うことはなかったんだから。


(あたしの体質のこと、今日、あやめにちゃんと話そう)


そう決心して、いつどういう風に打ち明けるのか思いを巡らせ始めた。

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