第10話 郷土史研究部という部活
(最近サボり気味だから全然進んでないや
今週末はあやめと出かけるから時間使えないし)
かりかりとシャーペンがノートの上を滑る音だけが聞こえる。こんな風に最終下校まで部室にいるのも久しぶり。ここ最近はあやめと遊んで帰ることが多かったからなー。
「
「真面目なんですか? 趣味を先生に手伝ってもらってるだけなのに」
向かいで和装本を左にノートに書き物をしているのは古柳先生。背は高いけどちょっと痩せ気味。少し影がある顔立ちで歳は30歳くらいらしい。スーツの胸ポケットには古い丸メガネをいつも挿してる。掛けてるとこ見たこと無いけど、ちょっと目が悪いのかも知れない。
この先生はあたしの担任で、この部の顧問で、ついでに言えば郷土史研究部のOBらしい。部活動としてあたしがやってる古い資料の現代語訳を、時々こうやって手伝ってくれる優しい先生だ。
「伝統的にね、この部活は特に何もしないのが伝統なのですよ」
「先生が現役の頃もやっぱり伝統的な活動方針でした?」
「僕の頃はむしろ活発でしたね。少しも伝統的ではなかった。
当時の先生方には随分と迷惑をかけたものです」
「え?! 先生ひょっとしてヤンキーとかいうやつだったんですか?!」
「いやいや、そういうのではないですよ。
でも校内でなにか事件がおきると、うちの部がだいたい関わってましてね。
おかげでとにかく問題児扱いでしたよ」
先生、なんだか少し寂しそうな雰囲気。やっぱり今の廃部寸前のこの状況はOBとして寂しいのだろうか。部長としては部員獲得に励んだ方がいいのかなぁ
「最近仲良くなった子がいるんですけど、帰宅部なんですよね。
部員に誘ってみるのどう思います?」
「ふむ、鬼頭くんのことですか? うーん、彼女はどうでしょうか。
ああいや、むしろ敢えて入れてしまうのも有り、か?」
あれ? なんであやめの事だって分かってるの? それにこんな何もしない部に有りとか無しとかどういう事? 妙に険しい顔の先生に思わず聞き返してしまう。
「えーと? せんせ、どういう事です?」
「ああ、いや。何でも有りません。忘れてください。
今の部長は御薬袋くんですからね。
部員を増やすのも増やさないのも、思うようにすると良いでしょう」
古柳先生は咳払いを一つして、いつもの落ち着き払った先生に戻ってしまった。それきり黙ってノートに向かい続けている。
さっきのなんだったんだろう?
なんだかスッキリしない、もやもやする。そんなやり取りだったけど、先生はもう相手にしてくれないみたい。仕方なくあたしも自分の作業に戻っていく。
(古柳先生も不思議な先生なんだよね。
あたしの郷土史なんて関係ない”部活動”にもなんにも言わないし)
パラパラといま読んでる和装本をめくる。これはあたしでもなんとかなりそうな時代の浅い資料。本格的なのは先生に現代語にしてもらわないとあたしには読めない。
そもそも古柳先生がなんでこんな県立高校で教師をやってるのか、そこがすごく謎なんだよね。大学で研究してるほうがしっくり来るような人なのに。
(こんなミミズが踊ってるみたいな古文書をさらさら読める人が
ただの日本史の教師だなんて言われても全然信じらんないものね)
なんだか今日は古柳先生の事が気になっちゃって集中できないや。今日はもうこれくらいにして帰った方がいいかなぁ。ため息一つついてノートを閉じる。
「そろそろ帰るのでしたら、片付けは僕がしておきますよ」
「先生はもうちょっとやっていかれるのですか?」
「ええ、今日はそんな気分なのですよ。気にせずそのまま帰ってしまって下さい」
あたしは先生の好意に素直に甘えることにした。たまに遅くまで残る事があるのはいつものことで、遠慮しなくていいことは分かってるし。
(それにこういう時の先生、なんか一人になりたそうに見えるんだよね)
先生にさよならをして、部室の扉を閉める。外はとっくに暗くなっていて、LED蛍光灯に照らされた妙に明るい廊下がかえって冷たく感じる。あたし以外に部室棟に人の気配は感じられなかった。
「こんな時間に一人で廊下歩いてるとなんか出そうよね」
独り言をつぶやいて階段を降りて帰ろうとした時、屋上から背の小さな女子が降りてくるのとすれ違った。腰まで伸ばしたふわふわとした髪は明るい茶髪で、顎の細い小顔は細い目つきが特徴的。スカーフの学年色は私と同じ臙脂色。
あんな子いたっけ?
あれだけ目立つ見た目でしかも同学年。知らないわけ無いと思うんだけど。ついつい目で追ってしまう。そんな時に急にその子はあたしに声をかけてきた
「のう、そこな地味子、これ無視するでない、そなたじゃ、止まらぬか」
「ひょっとして、それ、あたしのことかな?!」
びっくりするほど失礼な呼び止め方に、思わず立ち止まってしまう。確かに自分で地味目にふってますけど。でもそれを他の人にずけずけ言われるのはかなり心外。
「くふふ、自覚があるのではないか。
それより少しものを尋ねるが、トーゴはまだ部室におるのかや?」
「トーゴ? あぁ、古柳先生ならまだもう少しなら部室にいると思うけど?」
「相分かった。世話になったな」
いらいらを全く隠さずに答えを返してあげる。でもまったくそれを気にした様子もなく、満足気に頷く女子生徒。その子はもう用は済んだとばかりに、廊下の角を曲がっていってしまった。
きっと部室に向かったのだろう。足音が遠ざかっていく。
(何なのあの子! 初対面なのにあんなのひどいじゃない!
というか古柳先生に用ってなによ?!
もしかして入部希望?!
いやいやいや、あんな子と部活とかありえないんですけど!)
あとでどこのクラスの誰だか調べてやる。
それでもって、絶対に入部阻止しよう。
決めた、そう決めた。絶対そうしてやる。
あたしは珍しく腹を立てながら1段飛ばしでずんずんと階段を降りていった。
(とりあえず、誰かに聞いてもらわないとおさまらないわ、これ)
昇降口に向かいながら、スマホを取り出してあやめに送るメッセージを作り始めた。
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