普通なあたしのふつうな日常

第9話 朝の教室の風景

 ぺたりぺたりと気の抜けた足音で階段を上る。ふわぁと間の抜けたあくびを一つ。まだちょこっと眠い。目の前の階段をあと半分も登ればあたしの教室のあるフロア。スマホの時計をちらっと見るとHRまではあと10分くらい。


(うん、いつもどおり、丁度いい時間ね)


 うちのクラス、1年甲組は廊下の反対側の端。ここからいつものように一気にペースを上げる。小走りに廊下の端から端までを一気に駆け抜ける。ちょっと息を上げるには丁度いい距離。


「おはよーございまーす、やぁ、今日もぎりぎりだぁ」


 わずかに上がった息を整えながら、からっと教室の扉を開けて朝の挨拶。いつもの時間に駆け込んだあたしを気にする人は殆どいない。自分の席に行く途中でよく話すクラスの人に朝の挨拶を適当に振りまいておく。


「トーコちゃん、もうちょっと早く来たらいいのに」

「家でだらだらしてたらいつもギリギリになっちゃうんだよねー」


 たまに反応返してくる子にはそつなく相手しておく。浮かないように、かといって深入りしないように気をつけて。あたしは普通で目立たないポジションが気に入ってるのです。


(とはいえ、最近あやめと仲良くしてるおかげで妙に注目されてるんだよね。

 目立つあの子に近づいてるからなんだろうけど。

 姫川さんとかに目をつけられないように気をつけないと)


 あたしに向けられる興味が前よりもちょっと増えてるのが最近の悩み。あちこちのグループの子からちょいちょいお誘いが増えていて、正直困っているんだよね。


(あー、また面倒な子が来てる……)


 もうちょっとであたしの机ってあたりで派手目の女の子が声をかけてくる。また面倒くさい話なんだろうな。うんざりした気持ちを顔に出さないように注意しないと。明るい声を作って朝の挨拶をする。


「おはよ〜 朝からどうしたの?」

「みなえっち、おはよ〜 今度の週末開いてる? 合コンのメンツたんなくてさ〜」

「ん〜? 空いてるような、空いてないような?

 考えとくから誰来るのかメッセで送っといて〜」

「もう、そんなこと言って大体いつも来てくれないじゃない」

「たまには付き合ってるじゃん。

 そもそもあたしが行っても意味なくない?

 男子、あたしの方にあんま来ないからつまんないんだよね」


 まあそれはあたしがそうしてるってのが大きいんだけどね。数合わせで呼ばれた合コンで、誰かのお目当てと仲良くなっちゃったらあと面倒だもの。


「あれ不思議なんよね。なんかこういつも空気みたいになってるの」

「でしょ? だからあんまり呼ばれても行く気が起きなくてさ〜」

「まあそれは分かるわ〜

 でも不思議とあんた呼んで欲しいって男子、それなりいるんだよね」

「物好きなヤツが結構いるもんだ……」


 まあ考えといてよ、と離れてく彼女に、まあ行かないけど、と口の中で返事する。それよか、男子の興味を引いてるというのが気になってしまう。モテよりは目立ちたくないのがあたしです。


(気にしてくれる男子がそこそこいるっていうのは嬉しいけどさ。

 ひとりふたり気にしてくれる男の子がいるくらいであたしはいいよ)


 ちょっとうんざりした気持ちで自分の机にたどり着く。もう来てるよね? とあやめの席の方を見たら、文庫本の陰から覗いてる視線と目が合った。


「あやめ、おはよ。今日は体調どう?」

「おかげさまで。悪くないわ」


 昨日も遅くまでメッセージでやり取りしてたから悪いわけないのは分かってるんだけどね。ただなんかちょっと機嫌悪い? 今日はなんか素っ気ない気がする、と思った矢先に机に置いたスマホに通知が届く。あやめからのメッセージだ。


[あやめ:透子って結構モテるのね。 ――現在]


 んん? なんですかね、これ。ああ、さっきの会話、こっそり聞いてたのか。あたしのモテなんて、あやめのモテに比べたら無いようなもんだと思うんですけど、っと。


[TOKO:いやいや、あやめさん。

     あんた、自分がどんだけモテてるか知ってます? ――現在]

[あやめ:私はモテとか興味ない。めんどくさいし。 ――現在]


 うん、知ってる。クラスの告白してきた男子を全員振ってるとか、学年で一番カッコいいって噂の瀬川くんも振ったとか。


[TOKO:うわ、モテる人のその余裕がにくいっ! ――現在]

[あやめ:そう、それよ。

     さんざんモテないキャラで私のことからかってたじゃない? ――現在]

[TOKO:いや、だからあたしモテてませんよ?

     合コンとか行っても空気だし。 ――現在]

[あやめ:透子、嘘つきだから信じられない。

     合コンで男子と仲良くなって来るんでしょ? ――現在]


 ジト目ペンギンのスタンプが送られてくる。ひょっとしてこれ、焼きもちみたいなやつ? そっか、あたしが合コン行くのがそんなに嫌ですか、あやめさん。


[TOKO:じゃあさ、今度の週末にデート行こうよ。

     そしたら合コンも行けなくなるし。 ――現在]

[あやめ:透子、ほんとにモテないの? すごく誘い慣れてるような? ――現在]

[TOKO:あ、ひどい。合コン行っちゃおうかな〜? ――現在]

[あやめ:デート、行く…… ――現在]


 オチがついたあたりでチャイム。カラッと扉を開けて担任の先生が入って来た。がたがたと教室の中が慌ただしくなる。あたしもスマホをリュックにしまってから椅子の上で背筋を正す。


「日直、号令。HR始めますよ」


 古柳先生の淡々とした声に促されてHRが始まる。

 退屈な一日が今日も始まろうとしていた。

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